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2007年11月

2007年11月28日 (水)

城崎にて・・・

11月の終わりの連休を利用してどこかに行こうということになりました。
夜の冷え込みも厳しくなってきたので温泉がいいね、ということになりました。
有馬や箱根が候補に上がりましたが、ずっと昔に一度だけ訪れたことのある、城崎温泉に決めました。
城崎といえば、志賀直哉の「城の崎にて」で有名ですが、他にもたくさんの文学者が訪れていて、20数か所に文学碑があるそうです。また、7つの外湯めぐりでも有名ですね。この季節は、美味しい蟹も売りの一つです。
車での旅なので、前日までの寒気のため、雪を心配していましたが、当日は寒気も緩み小春日和のいい天気となりました。
昔は城崎温泉というと、時間もかかりとても遠い地のように思っていましたが、高速道路も整備され、以前よりは行きやすい場所になりました。とはいえ、結構長時間の車の旅でした。
それでも、近畿地方の山々は広葉樹が多いのでしょうか、秋の最後を飾る紅葉が、どの山も綺麗で、時間を忘れさせてくれました。秋の山を「山燃ゆる」と言うそうですが、まさに山燃ゆる道中でした。

Ki1行きは、一路城崎温泉を目指したのですが、豊岡市内に入ると「コウノトリの郷公園」の看板が目に付き、コウノトリって珍しいので、飼育しているのだろうと、ちょっと立ち寄ってみることにしました。
行ってみると、観光バスやら車やらで結構な人出でした。想像していたように飼育しているのではなく、自然のコウノトリが飛来する地でした。数多くのコウノトリがいたわけではありませんが、十数羽のコウノトリが、思い思いに羽を休めていました。
資料によると、2002年に一羽のコウノトリがこの豊岡市にやって来たのがきっかけとなったそうです。
それ以来コウノトリの渡りの地として、餌の豊富な水田作りなどの環境整備に地域をあげて取り組んできたようです。

動物達の環境破壊が進むことが話題になる昨今、とてもステキな町おこしですね。

さて、「コウノトリの郷公園」からは、城崎温泉は目と鼻の先、車を急がせました。


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そして、まず見えてきたのが、城崎温泉駅。
現代ふうにリニューアルした風もなく、昔ながらの温泉駅の風情でした。
その駅を左に折れると城崎の温泉街の風景が飛び込んできました。
温泉街の中心に川が流れ、川沿いには柳がその枝をたれて、何重にもかかった石橋が城崎温泉らしい閑静な佇まいとして映りました。
温泉街を歩く浴衣姿の人々は、手に手に旅館で借りた温泉セットとでもいうべきでしょうか、石鹸やタオルを入れたカゴを持っており、外湯めぐりならではの城崎温泉の風景でした。
私も宿に着くとすぐに、外湯めぐりの準備を始めました。
実をいうと、始めて訪れた時はせっかくの外湯に入らなかったので、今回は是非いくつか回ってこようと楽しみの一つにしていました。

Ki3 まず行ったのが、入り口がりっぱな屋敷のようになっている「御所の湯」でした。
時間帯もあったのでしょうが、七湯の中で一番人気の外湯だったようで、たくさんの人で賑わっていました。
お風呂は、大浴場と二段になった岩の露天風呂がありました。

 

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温泉につかり体はぽかぽかしていましたが、今回は外湯めぐりが目的でしたので、もう一軒行くことにしました。
どこにしようか迷いましたが、城崎温泉の発祥の外湯である「鴻の湯」にしました。「御所の湯」のりっぱな外観と比べると少し小さな構えの外湯でした。七湯の中では一番外れにあるからでしょうか、ここは入浴客が少なくゆっくりと温泉を楽しむことができました。
体は本当にぽかぽかとなって今回の外湯めぐりはこの二軒でお終いにしました。
ちょうどその頃になると、日も暮れて旅館や土産物屋さんの灯もつき、橋の欄干の灯も点り、夕暮れ時のますます温泉街らしい、いい雰囲気になりました。
城崎温泉の夜は、浴衣姿の人がたくさん歩いていても、決して賑やかで華やいだ様子はなく、とても落ち着いた雰囲気でした。

宿に戻ると、ちょうど夕食の時間でした。
名物の蟹もふんだんに料理され、そして私の大好きな地ビールも味わうことができました。
湯上りのビールの美味しかったこと・・・。


『手ぬぐいを 下げて外湯に行く朝の 旅の心を駒げたの音』与謝野 寛

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2007年11月24日 (土)

ウィンター・イルミネーション・・・この甘い響き~♪

紅葉に秋の終わりを感じる一方で、天気予報では「今年一番の冷え込み」などという言葉も聞かれるようになり、冬の訪れを感じるこの頃ですね。
何故か、クリスマスが大好きな日本人。
クリスマスを一ヵ月後に控えて、クリスマス・イルミネーションなどの話題も聞かれるようになりました。

そこで、我が家から車で2時間ほどのところにある、ウィンター・イルミネーションがすごいと評判の場所に、出かけることにしました。
三連休の初日ということもあって、すごい車の列でした。
何とか駐車場に車を止めると、さっそく入り口の樹の眩いばかりの、イルミネーションが迎えてくれました。
中に入ると、車の多さから想像していた通りすごい人出でした。
まず、目に飛び込んできた、二本の大きな樹のブルーとホワイトのイルミネーションはステキでした。
ぶらぶらと歩いて行くと、中央の池を飾るイルミネーションは、光の川を表現していたのでしょうか、光の川が次々と色を変え、何とも幻想的でした。

A


そして、圧巻は、花の広場と呼ばれる大きな花畑に繋がる、黄金色の光のトンネルでした。

100メートルぐらいの長さはあったでしょうか、その長さといい、あふれるばかりの光の渦に圧倒されてしまいました。

D7c7_2








ところが、さらに感動的な光景は、トンネルを抜けた先にありました。
広大な花の広場が、イルミネーションの銀河の世界に姿を変えていました。

Aa

真青なイルミネーションの間を縫うように走る、様々な色の光の銀河が貫いていました。
そして、夜空をイメージさせる青のイルミネーションのあちらこちらから、流れ星が尾を引いて流れるのです。
ちょっと、おおげさかもしれませんが、銀河鉄道に乗って窓から景色を眺めているような気分になりました。

『野原はまるで、幻燈のようでした。百も千もの大小さまざまの三角標。そ の大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらが、いちめん、たくさんたくさん集まってぼおっと青白い霧のよう。そこからかまた は、もっと向こうからか、ときどきさまざまの形のぼんやりとした狼煙のようなものが、かわるがわるきれいな桔梗いろのそらにうちあげられるのでした。じつ にそのすきとおった綺麗な風は、ばらの匂いでいっぱいでした』―――「銀河鉄道の夜」より

Aaaaa

ウィンター・イルミネーションは、想像していた以上のすばらしさでした。
少し残念だったのが、私の大好きな地ビールを飲むために入ったレストランも長い行列で、体が冷え切ってしまったことです。
その分ようやく席について飲んだ地ビールはまた、格別でしたけどね^^

Aaaaaa
      

レストランの周りの樹も綺麗にイルミネーションで飾られていました。


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2007年11月19日 (月)

帆船  (Tallship )

11月3日から、11月11日まで、名古屋港開港100周年の記念イベント『開港祭』が行われていました。
9日には、航海訓練所所属の練習船「日本丸」と「海王丸」が二隻そろって、名古屋港へお祝いにやってきました。
「日本丸」は14日まで、「海王丸」は13日までガーデン埠頭に停泊していました。
その間に、10日には、船内が公開されたり、11日には、セイルドリルと言って、実習生がマストを登り、合計36枚(たたみ約1,673畳分)の帆を張る訓練が行われたりしたそうです。
また、夜はイルミネーションの点灯もされたようです。

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私が、名古屋港を訪れたのは、それらのイベントが終わった、12日の朝でした。
その日は月曜日で、名古屋港に隣接する水族館や、イタリア村がお休みで、広い駐車場はがらんとしていました。
でも、二隻が停泊しているガーデン埠頭には、やはりたくさんの人がいて、思い思いに写真を撮ったり、二隻の船の美しさに見とれたりしていました。
見上げるとはるかに高い4本のマスト、マストから横にのびる棒(ヤー ド)、帆を引き上げるための無数のロープ、それらが作るフォルムは、帆を降ろした姿でも充分に美しいものでしが、やはり、帆船なので、気持ちよさそうに風 をはらんだ帆を膨らませている姿を見てみたかったです。
「クイーン・エリザベス2」や「飛鳥II」のような豪華客船での船旅は、 もちろん憧れですが、こんな帆船で海を旅してみるのもステキだろうなって、はるか遠くの南の海に思いを馳せながら、陽水の歌などを心の中で歌っていまし た。(遥かな~遥かな~見知らぬ国へ~一人で行く時は船の旅がいい~♪)
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日本丸は、総トン数約2,600トン、全長約110m。
36枚すべての帆を張ると約2,800㎡(約850坪)で「太平洋の白鳥」とも言われています。

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海王丸は、総トン数約2,500トン、全長約110m。
マストの高さは海上面から約50メートルにも達する世界最大級の帆船で、「海の貴婦人」とも呼ばれています。

二隻の船は姉妹船だけあって、名前を確認しなければ、どちらがどちらか素人には分かりません。

日本丸と海王丸の見分け方のポイントは、船体のラインと救助船の塗装色。
船体の太い青ライン一本線が「日本丸」。明るく太い青ラインと、細いラインが入った二本線が「海王丸」。
他には、救助船の色が鮮やかなオレンジ色が「日本丸」で、白いのが「海王丸」です。
あと、船首像で確認することもできます。
日本丸の船首像は、手を合わせて祈る女性の姿をしており、「藍青(らんじょう)」と名付けられています。藍青は、気高く優しさのなかにも凛々しさを秘めた日本女性を表現しているそうです。
海王丸の船首像は横笛を吹く女性で、「紺青」と名付けられています。
紺青は、藍青の妹として、未だ少女のあどけなさを残し、典雅な気品を備えている守り
神だそうです。
船首像は帆船にはつきもので、航海の安全を願って舳(へさき)に取り付けられました。

船首像でちょっと面白い話があります。
カティーサークというとスコッチ・ウイスキーを思い浮かべる人が多いと思います。
実はこのスコッチ・ウイスキーの名が、19世紀に最速を誇った帆船カティーサークから付けられたというのをご存知の人もたくさんみえるでしょうね。
でも、帆船、カティーサークの名の由来はご存知ですか?
カティーサークは、イギリスの詩人バーンズの「シャンターのタム」に出てくる妖精が着ている短い女性の下着、シュミーズからとったものです。
『酔っ払い農夫のタムがご機嫌になっての帰宅途中、悪魔やら妖精やらが踊っているところに出くわした。とっさに隠れて覗き見ると、そのなかにカティサークしか身につけずに 扇情的な踊りを踊る妖精ナニーの姿がまじっている。
その踊りが あんまりいいもんだから、タムは叫んでしまった。
「いいぞ、カティーサーク!」
たちまち、陽気な舞台は一転、悪魔たちはタムのほうに向かってくる。
あわてて愛馬に一鞭くれて逃げ出したタムの馬の尻尾を妖精ナニーが むんずとひっつかんで…』
こんな詩から命名されたのです。だから、船首像は、シュミーズ姿で乳房をあらわにした
妖精ナニーがポニー・テールを掴んでいます。

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少し遠くに目をやると、伊勢湾岸道に架かる美しい橋を見ることができます。

「名港トリトン」というギリシャ神話に登場する、海の神様ポセイドンの息子の名前が付けられた三つの美しい橋です。
やがて第2東名・名神高速道路という新動脈とつながる予定の高速道路橋です。世界的規模を誇る海上斜張橋で、海上面(中央大橋)47mの空間が確保されているそうです。

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実は私が小学生の時、「日本丸」に乗船できるという社会見学がありました。
ところが、私は風邪をひいてしまい、楽しみにしていた「日本丸」を見ることができませんでした。それ以来「日本丸」に憧れ続けていました。
今回その長年の夢をかなえることができました。


そうそう、11月23日には神戸港で開催される「KOBE帆船フェスタ2007」のイベントで「日本丸」「海王丸」のセイルドリルを見ることができるようです。

神戸にお住まいの方や興味のある方は、時間があれば、是非見に行ってください。
私が見られなかった、セイルドリルの写真を撮られたら是非見せてくださいね。




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2007年11月 7日 (水)

奈良の都の・・・

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朝晩は、ずい分冷え込んできました。
秋も、もう晩秋ですね。
この前は秋の深まりを求めて馬籠へ行きましたが、今回は、古都奈良を訪れてみました。
奈良もわりと気軽に行ける距離なので、少しゆっくりと出発しましたが、それが間違いでした。
お目当ての奈良公園に近づくにつれて、渋滞に巻き込まれてしまいました。
そこで、東大寺に一番近い駐車場はあきらめて、少し離れた駐車場に車を止めて、奈良公園をぶらぶらと歩いていきました
車の混雑は予想していましたが、予想以上の大混雑でした。
奈良公園を歩いていてその理由がわかりました。
奈良国立博物館で『正倉院展』が開催中だったのです。『正倉院展』の開催は知らずに行ったので、「やったぁ~!ラッキー」と思ったのもつかの間、博物館前には、長蛇の列ができていました。
そこで、奈良のシンボル、大仏さんのいらっしゃる東大寺に行くことにしました。
有名な大仏様を拝むのも5年ぶりくらいになります。
東大寺への道を進んで行くとまず、大きな南大門が迎えてくれました。
南大門を抜けると、鹿たちがたくさんいました。
これも、東大寺ならではの風景です。
鹿センベイを手におっかなびっくりあげている子ども達に思わず笑顔。

そして、大仏さんの鎮座する大仏殿が見えてきました。
さすがに大きな建物でした。拝観料500円を納めて中に入りました。
5年ぶりとはいえ、やはり大仏さんは大きく、何とも言えない微笑に感激しました。
富士山を何度見ても、その大きさに感動するのと同じように、大仏さんを何度見ても、その荘厳さに感動してしまいます。
つい、大仏さんと呼んでしまいますが、正しくは、毘盧遮那仏(びるしゃな ぶつ)と言い、その意味は、知恵と慈悲の光明を遍く照らし出されているほとけということだそうです。聖武天皇の発願で745年(天平17年)に制作が開始 され、開眼供養会(かいげんくようえ 魂入れの儀式)が行われたのは752年(天平勝宝4年)4月9日だそうです。
像高 14.98メートル 顔長 5.33メートルです。
大仏さんの鼻の穴の大きさにくりぬかれた柱は、相変わらず子ども達に大人気で、そこをくぐり抜けようと、子ども達の行列ができていました。

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大仏殿を出て、裏手にある正倉院に向かいました。
その道は大仏殿への参道とは違い、人通りも少なく閑静なところでした。
正倉院に着くと、もちろん中には入れませんでしたので、高床式で、校倉造の外構を見てきました。

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それから、道を戻り、東にある二月堂へ向かいました。

二月堂に向かう道には壁土に瓦が埋め込まれた、いかにも奈良らしい趣のある塀が続いていました。
塀の内側には、実をたわわにつけた石榴の木があり、これもその道にとても似つかわしい風景となっていました。
二月堂は春を告げるお水取りで有名です。お水取りと呼ばれている行事は正式には、修二会というそうです。春を告げる風景として、僧達が、松明を振りかざして、堂内を走り回る姿がよくテレビで映し出されていますね。
二月堂は高台にあるので、二月堂から東大寺の屋根や奈良の街並みが見渡せて、晩秋のとてもよい風景でした。
二月堂のすぐ近くに、法華堂(三月堂)と四月堂がありました。
法華堂(三月堂)も国宝級の貴重な像がいくつか納められているのですが、今回は、拝観はしませんでした。

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駐車場への帰り道、博物館が空いているのを期待しながら歩いて行きましたが、夕方になってもまだ、長蛇の列で迷いに迷いましたが、見学はあきらめることにしました。
5時過ぎには、西の空が美しい夕焼けに染まり、今回は東大寺の拝観だけで、帰路につきました。

さて、小旅行で、帰りにはご当地のお土産を買って帰るのですが、奈良って土産物に関しては、「これだ!」というものを私は知りません。

奈良漬、葛餅などに目が行きましたが、結局今回は、お土産はなし、の小旅行となりました。
帰る途中、『正倉院展』へ少々並んででも見学してくればよかったかな?とそれだけが心残りの奈良行でした。
京都も大好きですが、さらに古い歴史を持つ奈良もステキでした。


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ハートのおしりが、かわいい



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