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2008年4月

2008年4月30日 (水)

夏が来れば思い出す~♪

四月も終わりを迎えゴールデンウィークに入りました

松阪の友人から「波瀬で水芭蕉が咲いてるよ~」との情報を聞き、水芭蕉を見に飯高町の「波瀬植物園」に行くことにしました

飯高町までは松阪市街地から国道42号線に入り、そこから国道166号に分かれ、奈良方面に向けて西へ西へと車を走らせます

166号に入ってしばらく走ると、櫛田川の上流に沿って(というか、櫛田川がぐねぐね曲がっているので、櫛田川を何度も交差してはしるのですが・・・)走る景色のいい道です

 
12 先日「歳時記」を見ていたら、竹の秋(竹秋)という言葉を見つけて、こんな季語があるのだと少し驚いていたのですが、この道では何箇所もその竹の秋を見かけました

竹はこの季節筍に養分をとられて枯れるのだそうです。その枯れた竹の葉が黄葉するので、竹の秋と呼ぶのだそうです

 山々は新緑が美しく紫や白色の藤などが、新緑の緑の中、目を惹きました


道の隣を流れる櫛田川上流もところどころ岩などの景観がすばらしく、何度も車を止めて峡谷の景色を楽しみました

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目的の「波瀬植物園」は派手な看板もなく、危うく通り過ごしてしまいそうでしたが、駐車場は車でいっぱいで、思ったより多くの人々が訪れていました

300円の入場料を払い、園内に入りました

 

園内では石楠花が真っ盛りで、山吹の黄色い花も綺麗に咲いていました

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人工的に作られた植物園とは違って、波瀬の自然をうまく生かして造られた植物園でした

 

水芭蕉はちょうど植物園の中央あたりにある湿原に咲いていました

満開をやや過ぎた時期のようでした

真ん中の黄色い芯を優しく包むように、真っ白な花びらのような純白の仏炎苞(ぶつえんほう)と呼ばれる が付いている水芭蕉の花はとても清楚な感じがしました。

盛りを過ぎた時期だからでしょうか、水芭蕉の葉が大きく成長していて、その葉の大きさにびっくりしました

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昔のうたが光り出す日の水芭蕉 (土肥光江)

 

水芭蕉さみしき方へ咲きふゆる (島みえ)

 

この水芭蕉がかつて松尾芭蕉の江戸深川の庵の近くに咲いていたそうです。(弟子が植えたとも言われています)

だからその庵は「芭蕉庵」と呼ばれ、松尾芭蕉も元々は「桃青」という俳号だったのを松尾芭蕉と名乗ったという、そんないわれのある花なのだそうです

 

他にもたくさんの花が咲いており、水芭蕉の池には「リュウキンカ」というという黄色くて小さな花びらをつけた花が可愛らしく咲いていましたし、赤紫の九輪草も可憐な感じで咲いていました

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「リュウキンカ」の花です

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「九輪草」です^^


帰り道の出口付近に濃いピンク色の花で、色紙を縦にきれいに切り揃えたような花が今を満開と咲いていました「ときわまんさく」という花だそうです

「ときわまんさく」は植物園を締めくくるかのように、華麗に咲き誇っていました

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さて、いよいよ初夏を迎えます

私のもっとも好きな季節 心がうきうきしています

 

 

 

 

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2008年4月26日 (土)

水郷の町へ・・・

晩春の休日、天気も快晴、絶好の行楽日和
陽気もよくなったこの日、近江商人で有名な街、近江八幡の水郷めぐりを目的に出かけました
二回目の新名神の利用です
前回は帰り道に利用して、日も暮れていたので、周りの景色も見えませんでした
昼間に通るのははじめての体験です

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鈴鹿峠を越えていくので山間の道路なのはあたりまえなのですが、実際に通ってみると、まさに山並みハイウエイという感じでした
ところどころに山桜や八重桜などがまだ花を残しており、春の名残を楽しませてくれる一方で、山の木々の新芽がやわらかい緑色を見せていて晩春と初夏の入り混じった風景を目にしながらの新名神でした

名神竜王インターチェンジでおりて20分程車を走らせると、近江八幡の市街地に入りました

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まず市営の駐車場に車を止めて、ガイドマップをもらい近江商人の町を散歩しました
郷土資料館・歴史民俗資料館や旧家が並ぶ新街通りは昔ながらの町並みのようすを残していて、とても風情がありました

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町並みを抜けると八幡掘という水路があり、そこに架かる橋も水路沿いの枝垂柳も一体となって、まるで倉敷の美観地区のようでした
橋を渡ると日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)という神社がありました。そんなに大きな神社ではありませんでしたが、山門は風格がありましたし、入ってすぐ横の能楽舞台も古びていて歴史を感じました
ここでのお目当ては日牟禮八幡宮の前にある、洋菓子屋さんのバウムクーヘンでした
案の定行列ができていましたが、10分程並んで焼きたてのバウムクーヘンをお土産に買うことができました

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さて、目的の水郷めぐりです

駐車場から車を出し10分程のところに「水郷めぐり」の看板を見つけさっそく受付をしました
休日は人数が集まり次第舟を出してくれるということで、そんなに待つこともなく人数が揃い、水郷めぐりの舟に乗り込みました
水郷めぐりの店は4軒あったようですが、たまたま見つけたその店は手漕ぎの舟であったのもラッキーでした 手漕ぎの舟でゆらりゆらりと出船しました

思ったより水がにごっていましたが、周りが田んぼのせいで土が流れ込みいつもこんなふうに濁っているのだそうです
まず迎えてくれたのが、可愛らしいカイツブリでした 時々もぐっては餌をとっていました大好物はザリガニなんだそうです
ゆっくりゆっくりと舟は進みます

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水路の周りには無数の葦が生えていました 枯れた古い葦の間から、新芽の青々とした葦が真直ぐに伸びていました 葦がさかんに利用されていた頃は枯れた古い葦を刈り取り残った葦に火をつけるともっと青々とした新芽が生えてきていたのだそうです
その葦も使い道が減ってきて葦の加工業者もなくなり今は自然のままになっているようです。これも時代の流れでしょうか?
次に驚いたのは綺麗な新芽をつけている木々が立ち並んでいましたが、船頭さんの説明によるとそれらが川柳という柳の木だったことです 柳と言えば、枝垂れ柳を思い浮かべますが、川柳は普通の木と同じような姿で葉も丸葉でした

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舟の進むスピードは本当にゆっくりで心からのんびりとくつろぐことができるスピードでした
水郷は広い池のようなところがあって、そこから安土城が築かれた小高い山が見えたり、急に狭い水路になり右手には桜並木(もう葉桜になっていましたが・・)左手には菜の花畑など変化にとんだ景色を十分に楽しむことができました
水郷めぐりも終わりに近づくと木々の間から、ホ~ホケキョとウグイスの声、また水鳥たちの鳴き声で耳も愉しませてくれました
80分の心底リラックスできた時間でした
車や電車では決して味わえない、ゆるやかに流れる時間を過ごすことができました

帰り道は琵琶湖沿いの湖岸道路を通り爽やかな湖からの風をうけての旅でした

商人と水郷の町近江八幡、私の好きな町がまたひとつ増えました


   

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暮れなずむ琵琶湖です・・・



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2008年4月22日 (火)

dandelion

私たちの目を楽しませてくれた桜も花を散らし、葉桜となりました
葉桜という言葉も桜の花を愛する日本人が作り出した綺麗なことばですね
桜に変わって、つつじやハナミズキが春の最後を飾っています

そんな晩春の花たちの中で、雑草に混じってタンポポが鮮やかな黄色で咲いています


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タンポポは漢字で書くと蒲公英です
英語では、dandelionと言いますね。語源はフランス語のdant  de lion(ライオンの歯)からきているそうです。これはタンポポの葉っぱのぎざぎざが、ライオンの歯に似ていることに由来しているそうです

私たちが今よく見かけるタンポポはほとんどが、西洋タンポポです

日本古来の在来種のタンポポは、本当に数少なくなっているようです
西洋タンポポとの違いは外見からではほとんど見分けがつかないほど似ています
咲く時期の長さや花被の違いで見分けがつくようです

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日本語を巧みに操る詩人のひとりに、川崎洋さんがいます。
川崎洋さんは日本語を言葉遊びのように使って、とても面白い詩をつくる人です。

そんな川崎洋さんの詩にこんなタンポポの詩があります・・・


たんぽぽ   川崎洋

たんぽぽが
たくさん飛んでいく
ひとつひとつ
みんな名前があるんだ

おーい たぽんぽ
おーい ぽぽんた
おーい ぽんたぽ
おーい ぽたぽん
川に落ちるな  


あちらこちらに咲いているタンポポの綿毛にこんなふうに名前がついていたら・・・

ひとつひとつのあんなに小さな綿毛でも、とても親しみを感じるようになりませんか?


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名もない花には名前を付けましょう この世に一つしかない~♪


コブクロの「桜」にある私のお気に入りのフレーズの意味も、この詩を読むととてもよく理解できます。

このタンポポたちが綿毛になって空を舞いはじめたら、いよいよ夏の始まりですね。


ねがいごと   工藤直子 

あいたくて
あいたくて
あいたくて
あいてくて
・・・
きょうも
わたげを
とばします

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2008年4月17日 (木)

ハナミズキ

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今、ハナミズキがきれいな花をつけています

私の住んでいる家の近くの道路にも街路樹として植えられていて白と薄紅色のハナミズキの花が目を楽しませてくれています。

日本がサクラの木をアメリカ合衆国へプレゼントしたお返しにはるばる日本へやってきたハナミズキ

ハナミズキの、花びらのように見える部分は、総苞片(そうほうへん)という、花の下に付く葉の変形したものです。本当の花は、中心の緑色の部分です
ハナミズキは、アメリカヤマボウシとも呼ばれます 北米及び メキシコ原産 ミズキ科です
ハナミズキは空に向かって上を向いて咲いています

桜ほど注目される花ではありませんが、自信をもって誇らしげに咲いている感じがとても好きです

ハナミズキといえば一青窈さんの「ハナミズキ」を思い出します


「ハナミズキ」

空を押し上げて
手を伸ばす君 五月のこと
どうか来てほしい
水際まで来てほしい
つぼみをあげよう
庭のハナミズキ

薄紅色の可愛い君のね
果てない夢がちゃんと
終わりますように
君と好きな人が
百年続きますように


夏は暑過ぎて
僕から気持ちは重すぎて
一緒にわたるには
きっと船が沈んじゃう
どうぞゆきなさい
お先にゆきなさい

僕の我慢がいつか実を結び
果てない波がちゃんと
止まりますように
君と好きな人が
百年続きますように


ひらり蝶々を
追いかけて白い帆を揚げて
母の日になれば
ミズキの葉、贈って下さい
待たなくてもいいよ
知らなくてもいいよ

薄紅色の可愛い君のね
果てない夢がちゃんと
終わりますように
君と好きな人が
百年続きますように

僕の我慢がいつか実を結び
果てない波がちゃんと
止まりますように
君とすきな人が
百年続きますように

君と好きな人が
百年続きますように

 

 

き れいなメロディーで聴いていて気持ちのいい曲だなって思っていました
メロディーはあんなに素直に私の耳に心地よく入ってきていたのに、改めてこの歌詞を 読み返してみると、すっと理解できる詩ではありませんでした
「君と好きな人が百年続きますように。」というリフレインがとてもステキなのですが
えっ! 「君」って誰のこと、そして、「僕」って誰のことと疑問が次々と湧いてきました

みなさんは「君」や「僕」が誰のことかおわかりになりますか?

今までハナミズキを歌った歌に出会ったことがありませんでした

だからハナミズキの季節になると、この歌が口をついて出てくるのでしょうか?

でも、歌って自分の大好きな歌でも歌詞だけを読んでみると結構難しいものもありますね

メロディーに乗って耳に入ってくるから、歌として共感するのかもしれませんね


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2008年4月10日 (木)

桜に狂う

桜がもう満開の最盛期をむかえた4月5日、名古屋城に行ってきました。
名古屋城は桜の名所でもあるのですが、今回は名古屋城天守閣で開かれている「桜の美術」展が目的でした。

最近犬山城、岐阜城と城めぐりが続きましたが、何故か日本三大名城の一つとされる名古屋城はあまりに都市部の中心にあり有名すぎてかえって訪れる機会がありませんでした。

「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ、尾張名古屋は城でもつ」と歌われるように、名古屋市そのものが城とともに誕生した街です。

名古屋市街に入り名古屋城を目指すと名古屋城のシンボルである金鯱を天守閣にいただいた名古屋城が見えてきました。


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さすがに威風堂々としており、美しいながらも圧倒的な大きさを誇っていました。

やはり花見客と「桜の美術」展を目当ての人々でごったがえしていました。

お堀沿いに咲く大木の桜の並木は、これはもう言葉にできないほどの綺麗さでした。

少し風が吹くと満開の大樹から桜の花びらが降り注ぎ、まさに桜吹雪の中を歩いている感じでした。


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特別展と入城料とセットで800円を払い正門から入っていきました。
今回の目的である「桜の美術」展は2階で行われていました。


杉の戸一面に描かれた「桜図」や長谷寺の花見の様子を描いた屏風など見事な作品が飾られていました。

でも、その中でも特に目を引いたのが「桜に狂う」と題された絵の数々です。
それは、江戸時代に桜の絵ばかりを描いていた画家たちの絵のコーナーでした。
彼らは自らを「桜癖」(おうへき)「桜顛」(おうてん)と称し桜にこだわることを誇りに思って一生をすごしました。
江戸時代は青葉や赤葉、白花や赤花、黄花、一重や八重や枝垂れ桜など、さまざまな種類の桜が初春から晩春までを長期にわたりのどかに咲き誇り、愛でられてきたのだそうです。
彼らはそんな各種の桜のさまざまな表情を描くことに専念していたそうです。

彼らは総称として「桜狂」とも呼ばれています。

「桜狂」の画家はそんなに著名ではありませんが、第一人者の三熊思孝(みくましこう)、その妹の三熊露香(みくまろこう)その弟子織田瑟々(おだしつしつ)、広瀬花隠(ひろせかいん)などの画家がいました。


三熊思孝は、定職につかず貧しくとも少しも気にせず桜ばかりを描いていたという「桜に狂う」のまさに第一人者と言えます。
思孝の絵は「桜」だけでなく桜のまわりに鳥や虻を配し、桜を中心とした空間の広がりに特徴があるようです。


妹の三熊露香は、さすがに兄の影響を受け、画風が似ているように思いました。
ただ兄よりも桜そのものの描写が上手く品種の違いを意欲的に描いたとされています。


私が気に入ったのは、露香の門人、織田瑟々という画家です。
織田信長の末裔なんだそうです。
十代の頃から描いた桜から五十歳前後の末期にあたる作品が、それぞれの年齢に応じて味わいを見せ特に死ぬ前の作品などは清らかで優雅な感じを受け、とても印象に残りました。



「桜に狂う」――――桜好きの日本人を代表する画家たちの作品に巡り合えた名古屋城の一日でした。


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2008年4月 1日 (火)

「国盗り物語」の城にて

三月も終わりかけの土曜日、花見にはまだ早いかなと思い、以前犬山城を訪れた時、帰り道に山の上にぽつんと見えていた岐阜城に行ってみることにしました。

岐阜城といえば、NHKの「国盗り物語」で有名な斉藤道三、そして名将織田信長の居城として知られています。

行きは長良川の中堤の道を上っていきました。
雪解け水のせいかわりと水量の多い長良川沿いにずっと車を走らせました。

川沿いに走るのはとても気持ちのいいものです。
まだ青々としてはいませんでしたが、菜の花や木蓮などが彩りを添えて春到来の道中でした。


岐阜市内に入ると小高い山の頂に城が姿を見せていました。

ああ、あれが金華山でその上に見えているのが岐阜城なんだな、と思いながら岐阜市街に入っていきました。
金華山の麓には岐阜公園があり、桜の花見で賑わっているだろうと思っていたら案の定、道が混んでおり駐車場にようやく車を止めて岐阜城へ向いました。

健脚な人や地元の人は七曲登山道や百曲登山道を使って登るようですが、私にはそんな元気がなくロープウェイを利用しました。
10分ごとにロープウェイは運行しており、ここでは待つこともなくロープウェイに乗って上まで上がりました。
山腹に朱塗りの三重の塔が見え、上がるにつれて眼下に岐阜市街が見下ろせました。
ロープウェイを降りてからもしばらく山道や階段が続き、ようやく岐阜城に着きました。


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真っ白な壁の綺麗なお城でしたが、それもそのはず、昭和18年失火で焼けた城が再建されたのが昭和31年で、城そのものにはそんなに歴史的な価値はないようでした。

200円の入場料を払って城内へ入りました。
城内には織田信長の座像や斉藤道三の人物画、他に刀や武具などが展示されていました。

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岐阜城に行ってみて最もよかったのは、城そのものではなく、城の最上階からの眺めでした。さすがに標高329mの山上に建てられた城だけに、眺めは抜群でした。

北側には犬山城と同じように真下に長良川が見え、遠くを見やるとまだ雪をいただいた乗鞍岳やアルプスの山々が見え、西側は長良川沿いに岐阜の市街地が開け、こちら側も遠くを見ると伊吹山が見えていました。


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そして、南側にはこれが濃尾平野かと少し感動を覚えるほどの広々とした平地が広がっていました。
遠く霞んで名古屋駅にあるセントラルタワーズや名古屋ドームまでが望めました。


山の多い日本なので、広々とした平野を眺めると少し感激してしまいます。

かつて、織田信長もこの平野を眺め、天下統一を夢見ていたのでしょう。


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景色を満喫して、ロープウェイで降りてくると麓の岐阜公園は自然を生かしよく整備された綺麗な公園でした。
やはりまだ満開とは言えない五分咲きから八分咲きほどの桜も綺麗でした。


明智光秀によって本能寺で無念にも討ち死にした織田信長の野心に少し触れた
今回の岐阜城への小旅行でした。


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