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2008年5月

2008年5月28日 (水)

空の青さをみつめていると

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5月ももう終わりの週を迎えました
ところによっては、30度を越す暑い日もあり、初夏から真夏へと移っていく時期でしょうか
とは言っても、もう日本列島の南から梅雨がはじまっています
本格的な夏は、この梅雨が明けてからですね

今のうちに、晴れわたった青空を満喫してみませんか?
今日も爽やかな五月晴れでした
最近では5月の初夏の青空を「五月晴れ」と呼んでいますが、旧暦ではもう5月は梅雨の最中なので「五月晴れ」は本来は、梅雨の合間に顔を見せる青空のことをさしていたようです
真夏の真っ青な空でもなく、また秋の高く澄んだ青空とも違い、淡い青空が広がっています
確かに爽やかなのですが、何故かじーっと見つめていると取り残されたような寂しさも感じてしまいます

なんとも言えないこの奇妙な感覚を、谷川俊太郎さんは、みごとに表現してくれます


かなしみ

あの青い空の波の音が聞えるあたりに
何かとんでもない落とし物を
僕はしてきてしまったらしい

透明な過去の駅で
遺失物係の前に立ったら
僕は余計に悲しくなってしまった


「何かとんでもない落とし物を」とは何でしょうか?
純粋な心?若さ? もう取り返すことのできないものを失くしてしまったかなしみが、私にはよくわかる そんな5月の青い空です

谷川俊太郎さんは、空をよく詩の中に描きますが、別の詩にはこんなふうに書いてあります


空の青さをみつめていると
私に帰るところがあるような気がする
だが雲を通ってきた明るさは
もはや空へは帰っていかない

(六十二のソネット 41)より


生きていることそのものが輝いている反面、何ともいえない不安、孤独感―そんなものを私は初夏の青空を見つめながら感じています

ちょっぴり生意気な哲学みたいなってしまいましたが、梅雨の前にふっとそんな世界に紛れこんだ一日でした



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2008年5月20日 (火)

見えない配達夫

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私は小さい頃から花が好きでした
というより、小さい頃を思い出すと、思い出の中にいつも花々があったような気がしています
それぐらい草花が身近にあったということでしょうか・・・
今は、れんげ畑や菜の花畑を見るのにも、わざわざ出かけなければ見られなくなってしまいました
大人になってからはガーデニングに凝ってみたりもしました
四季の色とりどりの花々で庭をいっぱいにするのはとても楽しみなことです(最近はちょっと手抜きになってしまいましたが・・・笑)

近年あちらこちらに出かけて寺社や史跡を見てまわることが多くなりました
カメラでそんな風景を写していくうちに、野山の草花や木々に強く惹かれるようになりました
野山の草花や木々は、四季の移ろいに応じてさまざまな顔を見せてくれます
ところが、あまりに種類が多すぎて「この花の名前はなんだろう?」「この木は何だろう?」と名前のわからない草花や木々がたくさんあります
そこで、植物図鑑や花の歳時記などの本を開く機会が増えました
そして、専門的な図鑑より小中学生向けの図鑑の方がずっとわかりやすく楽しく読めることにも気がつきました

そんな本の中で、福音館書店の『植物記』は私のお気に入りの本です
著者は、埴沙萠(はに しゃぼう)さんという人です
この『植物記』は名のごとく、植物図鑑と違って植物の生態にテーマを設けて編集されています

たとえば「重量あげ」というテーマで、芽生えた草花が石をも押し上げて伸びる写真を集めていたり、「夏の夜の宝石」というテーマで、朝、葉先に光る水玉ばかりを集めた写真を載せていたりと、本当に物語を読むような楽しさで野山の花々に触れることができます

この本のはじめに書かれた、埴沙萠さんの「あすにむかって生きる植物」という文章も、とてもしゃれています


《4月のおわりころ、大分地方に、おそ霜がおりたことがある。大分としては、記録的な大霜で、農作物に大きな被害がでた。
野山でも、のびはじめたばかりの木の芽が枯れた。山フジは、色づきはじめたつぼみまで枯れてしまった。フジは、みないっせいに芽をふいて、つぼみをだすので、ひとばんの霜にみなやられてしまった。今年はフジの花が咲かないと思った。
ところが、3週間おくれて、花を咲かせる「のろま」なフジが、ひと株だけあった。そのフジだけが、「のろまな、はみだしもの」であったために、霜に枯れないで、花を咲かせることができた。「自然」は、こんなときのために、「はみだし」を用意してあるんだなあと、感動したものだった。
そういった「自然」、そして、生命への想いが、植物にカメラをむけさせている》


この埴沙萠さんの、はじめの文章を読んでいるうちに、茨木のり子さんの「見えない配達夫」という詩を思い出しました


三月 桃の花はひらき
五月 藤の花々はいっせいに乱れ
九月 葡萄の棚に葡萄は重く
十一月 青い蜜柑は熟れはじめる

地の下には少しまぬけな配達夫がいて
帽子をあみだにペダルをふんでいるのだろう
かれらは伝える 根から根へ
逝きやすい季節のこころを

世界中の桃の木に 世界中のレモンの木に
すべての植物たちのもとへ
どっさりの手紙 どっさりの指令
かれらもまごつく とりわけ春と秋には

えんどうの花の咲くときや
どんぐりの実の落ちるときが
北と南で少しづつずれたりするのも
きっとそのせいにちがいない

秋のしだいに深まってゆく朝
いちぢくをもいでいると
古参の配達夫に叱られている
へまなアルバイト達の気配があった


植物学者であり写真家でもある埴沙萠さんの見た自然のすばらしさと、詩人、茨木のり子さんが描き出した自然の面白さがこんなにみごとに一致しました・・・

埴沙萠さんは、はじめのことばを、こう結んでいます


《いっぽんの草が、ささやかに生きることのために、どれほど大きな英知と愛とが、「自然」からそそがれていることか。
そのことを伝えたいという思いもあって、この「植物記」をつくる決心をした。
あなたがたは、きっと、庭のすみの小さな草にも、したしみをもってくれるだろう。愛の目をむけてくれるだろうと思う。》


これから、私も親しみを持って草花や木々、そんな自然の営みに目を向けていこうと思います

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2008年5月17日 (土)

シロツメクサ

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さよなら僕のかわいいシロツメクサと
手帳の隅で眠り続けるストーリー~♪

車の中で流れていた スピッツの曲
シロツメクサはクローバーのこと
やわらかな風の吹く野原で、白い花を摘んで、花かんむり、首飾り
いくつも作った遠い日のこと
花を摘んだら、茎を1本1本くるっと結びながら、花と花の間があかないように編んでいくのが、きれいに見えるコツでした




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宮沢賢治の童話『ポラーノ広場』の中では野原一面に咲いたシロツメクサがこんなふうに描かれていました・・・

あたりはとっぷり暗くなって西の地平線の上が古い池の水あかりのように青くひかるきり、そこらの草も青ぐろくかわっていました。
「おや、つめくさのあかりがついたよ。」
ファゼーロが叫びました。
なるほど向こうの黒い草むらのなかに小さな円いぼんぼりのような白いつめくさの花があっちにもこっちにもならび、そこらはむっとした蜂蜜のかおりでいっぱいでした。
「あのあかりはねえ、そばでよく見るとまるで小さな蛾の形の青じろいあかりの集まりだよ。」



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昔、オランダからガラス品を送る時、割れないように箱詰めの詰め物として利用されていたのがシロツメクサ(白詰草)の名の由来です
クローバーは英名ですが、クローバーと聞くと花よりも葉を思い浮かべますね 四葉のクローバーが幸運の印として愛されたのは十字架に似ているという理由からでした




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シロツメクサはクローバーの他に、牧草として馬や牛などに与えられていたことから、うまごやし(馬肥し)とも呼ばれています

川面に春の光はまぶしくあふれ。
そよ風が吹けば光たちの鬼ごっこ葦の葉もささやき。
よしきりは鳴く。よしきりの舌にも春のひかり。

土堤の下のうまごやしの原に。
自分の顔は両手の中に。
ふりそそぐ春の光にかえってものうく。
眺めていた。

少女たちはうまごやしの花を摘んでは巧みな手さばきで花環をつくる。
それをなわにして縄跳びをする。
花環が円を描くとそのなかに富士がはいる。その度に富士は近づき。
遠くに座る。

耳にはよしきり。
頬にはひかり。

 ( 草野心平  富士山作品第肆 )



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2008年5月 9日 (金)

弥勒菩薩に会いたくて・・・

今年のゴールデン・ウィークはガソリン代も上がったことだし、家でゆっくり過ごそうと決めていました
5月3日からの4連休、洗濯したり、花の手入れをしたりしながらのんびりと過ごしていました
でも、3日目になると私の中のおでかけ虫がもぞもぞして、このまま今年のゴールデン・ウィークが終わってしまうのかと思うと、せめて最後の6日にはどこかへ出かけようと予定を変更しました
家でじっとしていた分、後悔のない小旅行にしたいと、私の大好きな京都に行くことにしました

今回は写真で見て一目ぼれした、広隆寺の弥勒菩薩像に会いに行くことにしました
嵯峨野の散歩もしてみたいと、いつもより早めに家を出ました
3回目の新名神の走行です
前回より新緑がやや青みを増して、初夏を感じさせてくれました

歴史の街京都でも最も古い寺広隆寺は、映画村で有名な太秦にあります
建立は603年とされていますから、今から1400年以上も前のことになります
聖徳太子建立の日本七大寺の一つです

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太秦に着いて広隆寺の駐車場に車を止めようとしたら、車がまばらで「やったぁ~穴場のスポットだ」と喜んで、拝観料700円を納め広隆寺に入って行きました 
さあ、一目ぼれした弥勒菩薩像との対面です
菩薩像は新霊宝殿に安置されていました
新霊宝殿に入って行くと驚いたことに思っていた以上に仏像がたくさん置かれていました
四天王、十二神将と見て行くと一番中央にお目当ての弥勒菩薩像が置かれていました
写真でみた通りの優しいお顔、そしてしなやかで繊細な指、何か瞑想しているような姿に完全に魅了されてしまいました

0605koryuji30 全身から染み出るような優しさ、柔らかな曲線、特に右頬に触れようとする右手のほっそりと伸びた中指、軽く曲げられた薬指は、仏の慈悲そのものの象徴のような美しさです
この姿は「半跏思惟」と呼ばれており、飛鳥時代に造られたものだそうです
国宝認定第一号というのも納得がいく美しさでした

この像にはエピソードがあって、昭和35年、この像に魅せられた大学生が弥勒菩薩像に抱きついてキスをしようとして、右手の薬指を折ってしまったそうです
そんなことがあったせいか、残念ながら間近でみることができませんでした

弥勒菩薩というのは、釈迦の亡き後この世に現れて民衆を救う仏様なのだそうですが、釈迦が亡くなった後、修行を終えて弥勒菩薩がこの世に現れるまでに、何と56億7千年かかるそうです
だからこそ、当時の人々は弥勒菩薩を待ちわび、救いを求めて像を造ったのでしょうね
しばらくうっとりと眺めていました
(写真は広隆寺のパンフレットより)

広隆寺は重要文化財はもちろん、国宝の宝庫で「泣き弥勒」と呼ばれている弥勒菩薩や「阿弥陀如来坐像」「十一面千手観音立像」なども国宝で、それぞれにとても魅力的でした
国宝といえば、この時期だけ特別拝観がされていた「国宝・桂宮院本堂(八角円堂)」も観ることができてラッキーでした
十分に満足をして広隆寺を後にしました

二つ目の目的地嵯峨野に向かって桂川沿いに車を走らせました
途中嵐山を通り過ぎて行ったのですが、ここはあふれるばかりの観光客でいっぱいでした

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嵐山を通過して行く時に、天龍寺の前に「世界遺産の庭園」という看板が目に付き、これは見逃せないなと思い嵯峨野の入り口付近に車を駐車しました
歩いて天龍寺へ戻りました 寺の本堂には入らず、庭園だけを見て回りました

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曹源池は廻遊式庭園で岩や木立がみごとに配置されており、背景に亀山や嵐山が借景としてうまく取り入れられておりなるほど、世界遺産に名前を連ねる庭園だと思いました


そして嵯峨野に戻り、縁結びの野宮神社からはじまり、嵯峨野らしい竹林の小道をぶらりぶらりと散歩しました

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かつては人里離れた侘しい場所であったろう常寂光寺や、芭蕉の門弟で有名な去来の住んでいた落柿舎などを見て周りました

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(常寂光寺)           (落柿舎)

汗ばむ程の天気のいいゴールデン・ウィークの最終日、写真で一目ぼれした弥勒菩薩を実際に観て、また惚れ直し、そして嵯峨野をのんびりと散策し、ゴールデン・ウィーク4連休の楽しみを凝縮したような有意義な一日を過ごすことができました


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