« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月

2009年1月23日 (金)

永久欠番

Iiyo2_2

前回、映画「おくりびと」について感想を書き込みました
「人の死」はだれにとっても避けられないできごとだけに、みなさんいろんな思いを持ってみえるのですね 
私もここ数年、年齢の巡り合わせなのでしょうが近しい人が亡くなって葬儀に参列することが多く「死」について考える機会がふえました 

生まれて初めて「死」について考えたのは中学1年生の時でした 
きっかけがあったわけでもなく、ある夜突然眠りから目が覚めて「自分の死」に思いを馳せました 
「人間はいつか必ず死ぬ でも私が死んだ後も世の中はずっと続く 私がいなくなっても永遠に時は流れる」-永遠に続く世の中で自分は存在しない、ほんの一瞬だけこの世に生きてそのあともずっと世界は続く-そのことが無性に怖くなってその夜は眠れませんでした 
もちろんそんな怖れは次の日にはすっかり忘れ、それ以後は「死」などほとんど考えもせず若い時代を過ごしてきました
 
そして、祖父が亡くなり祖母が続きました 
一昨年に父が逝き、「死」はずいぶんと身近なものになりました 
自分の「死」もまだまだ実感としてではないですが、来るべきものとして受け入れる心もできてきました 
中学生の頃のように「自分はいなくなっても世の中は永遠に続くことへの怖れ」もなくなりました

中島みゆきさんの歌に「永久欠番」という「人の死」をテーマにしたものがあります




永久欠番         中島みゆき

どんな立場の人であろうと
いつかはこの世におさらばをする
たしかに順序にルールはあるけど
ルールには必ず反則もある
街は回ってゆく 人一人消えた日も
何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと

100年前も 100年後も
私がいないことでは同じ
同じことなのに
生きていたことが帳消しになるかと思えば淋しい
街は回ってゆく 人一人消えた日も
何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
かけがえのないものなどいないと風は吹く

愛した人の席がからっぽになった朝
もうだれも座らせないと
人は誓ったはず
でも その思い出を知らぬ他人が平気で座ってしまう
どんな記念碑(メモリアル)も雨風にけずられて崩れ
人は忘れられて 代わりなどいくらでもあるだろう
だれが思い出すだろうか
ここに生きてた私を

100億の人々が
忘れても 見捨てても
宇宙(そら)の掌の中
人は永久欠番
宇宙(そら)の掌の中
人は永久欠番




中島みゆきさんは私が大好きなシンガーの一人です 
でもこの「永久欠番」を初めて聴いたとき、あまりに冷静いえ冷徹な歌詞に、いやこの歌は絶対に違う、認めたくないという拒否感がありました 
特に三連の「愛した人の席がからっぽになった朝 もうだれも座らせないと 人は誓ったはず でも その思い出を知らぬ他人が平気で座ってしまう」の歌詞については、いや私は愛した人のからっぽの席に誰も座らせないみたいな意地のようなものを感じていました 
でも 私の大好きだった祖父や祖母の死から時が経ち、あんなに哀しい気持ちでいた頃と較べると私の心の中に占める存在も薄れてきているのは事実でした 
悲しいけれど人間は哀しみのどん底の状態のまま生きていくことはできない 
2年前に父が亡くなったあと、「永久欠番」を聴く機会があったのですが、その時はすんなりとこの歌が心に沁みこんできました 
私たちは永遠の前には一瞬の存在でしかないし、そして忘れられる存在なのです 
この歌がすんなり心に沁みて初めて気がついたのですが、冷徹なように聞こえたこの歌詞は冷徹などころか「忘れられる存在」の私たちを宇宙という絶対的な空間の中で「確実に足跡を遺す存在」として置いていたのですね 
なるほど、広大なる宇宙の中で私たちは足跡を遺していけるのか―また一つ「死」に対しての怖れがなくなりました
おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんごめんね 
私を可愛がってくれたあなたたちを時々忘れてしまいます 
でも、私が生きているあいだあなたたちも私の心のどこかで活きています

Iiyo
 

| | コメント (14)

2009年1月18日 (日)

おくりびと

Photo_3

まもなく、父が亡くなって2年目―3周忌を迎えます 
一昨年突然の入院から2週間、本当にあっけなく息をひきとりました 
職人気質の無口で頑固な人でしたが、逝く時までやはり無口なままでした 
祖父や祖母が亡くなったときは、おばあちゃん子だった私はただ哀しみにうちひしがれていましたが、却って父の時は葬儀の段取りなどで哀しみにくれているよりも慌ただしく疲労感がいっぱいでした 
そんな中で「湯灌の儀」は、家族だけが見守るなか一連の葬儀のなかで最も厳粛で高潔な感を抱いた儀式でした 
初めて目にする儀式でもありました 
父の亡き骸をていねいに清めてくれ、冥土への旅立ちの衣を着せ棺に納めていく流れは本当に見事な作業で感謝の念と感動さえ覚えました

20080602009fl00009viewrsz150x_3

映画「おくりびと」はその納棺師をテーマにしたものです 
映画などめったに見ない母もこの映画だけは見たいというので昨年末一緒に観に行きました 
思っていた以上によく仕上がっていました 

主演の本木雅弘さんは、もともと個性的な演技力で好きな俳優さんの一人でしたが、納棺の儀式を執り行なう演技は見事な熱演で厳粛さも清らかさも余すところなく表現されており心動かされました 
子どもの頃、自分を捨てて家を出て行った父親の納棺の儀式を行うシーンは涙が溢れて止まりませんでした 
子どもの頃の思い出である河原での石ころの交換が、最後のクライマックスの伏線になっているのもすごい演出でした 
これで本木さんの上司を山崎努さんが演じているとなれば出来栄えがいいのは当たり前でしょうか 
妻役の広末涼子さんはあまり好きではない俳優さんでしたが、けっこう役柄にはまっていて見直しました 
そして何よりも「死」を扱いながら底流にコミカルなユーモア性が流れているのがこの作品をただ重いだけの暗い作品に仕立てなかった素晴らしさだと思います

父の死を改めて見つめ直させてくれたこの映画が日本アカデミー賞の13部門で優秀賞をとったことを、とてもうれしく思いました 

Photo_4

| | コメント (18)

2009年1月 8日 (木)

冬来たりなば・・・

T__007_2

「小寒」も過ぎ、「寒の入り」となりました 
暦の上ではこれから「立春」まで1年で最も寒い季節となります 
冬の寒さが大の苦手な私にとってつらい日々が続きます とは言うものの、最近は温暖化のせいなのか昔よりもずっと暖かい日が多いように感じます 
昔、私が小さかった頃はこの時期もっと寒さが厳しかったような気がします 
比較的温暖な地域とはいえ雪ももっと降り、積もったような記憶があります 
それでも冬は今のように苦手ではなく、むしろ雪が積もった日などは大喜びでした 
学校もまだおおらかな時代で授業をやめて、雪合戦や雪だるまをつくったりしたものでした 
いつごろからでしょうか、冬が大好きな季節から苦手な季節になってしまったのは・・・・

「冬来たりなば 春遠からじ」-その通りですよね 冬が来たら春はまもなく訪れる 
この冬の寒さを耐え忍んでこそ暖かい春の到来がより嬉しく感じられるのですね 
それに冬のカーンと冷え切った空気の中でスックと立っている裸の木々の気高い姿などもこの季節ならではの風景ですね



木            草野心平

葉っぱをおとした。
冬の木はいい。
裸の木々のすがたはいい。
ごつごつとしたふるい木などは特にいい。
硬くて落ちついていて実にいい。

霜柱にかこまれて。
寒さのなかにたっている。
裸の木々の美しさ。

木々や幹のなかを。
力が流れているような気がする。
夢がいっぱいつまっているような気がする。
白い炎が燃えているような気がする。




ずっと前に、草木染めの有名な染織家のこんな話を聞いたことがあります 
美しい桜色に染まった草木染めを見て、
ある人が
「見事な桜染めですね。これは桜が満開のときに染められたものなのですか。」
と聞いたそうです 
染織家の方はこう答えられたそうです 
「いえ、満開の桜からはこの桜色は出ません。この色で染めようとすると、桜の蕾がまだ堅い時期の樹皮や小枝を折り取って染め上げるのです」
桜があの見事な満開の花を咲かせるために、冬の間に、樹木はピンクのエネルギーをどんどん中に溜めこんでいるのですね 
そう思うと冬もまた素敵な季節に思えてきます
でも、やっぱり寒いものは寒い・・・エアコンとこたつなしでは冬を越せない私です 

T__082

| | コメント (12)

2009年1月 2日 (金)

九州の旅Ⅱ 阿蘇から湯布院へ・・・

あけましておめでとうございます
2009年を迎えました
昨年から、不況、不景気で世の中暗い話題ばかり
今年は牛歩のように一歩づつでいいので明るい世の中になるといいですね

さて、新年とは言いながら、昨年末の九州旅行のパートⅡがまだ書き残したままです
今回は、九州の旅パートⅡを記します
「難攻不落」の城、熊本城と熊本名物「馬刺し」に感動した一日目を終え、2日目は世界最大級のカルデラで有名な阿蘇へ向かいました
T__453 T__459
熊本市街からは約2時間弱、阿蘇パノラマラインをまずは中岳の頂上をめざしました
途中、外輪山がずっと外側を囲んでおり、すりばち状の阿蘇の風景は初めて見る風景でした
T__466 T__470 T__480 T__483
何と言ったらいいのでしょうか「大パノラマ」という感じで圧倒されました
中岳は1,506m、さすがに頂上近くには雪が積もっていました
火口の近くまで車で行き、中岳の噴煙を見に行きました
火口から白い噴煙がモウモウとあがっていました
カメラでその様子を撮っていると、真っ白な噴煙が上がり、私の周りも噴煙に包まれました
そうしたら監視員の方から「ハンカチで息をしてください」と注意されました
T__503 T__509
あいにくハンカチを持っていなくて、着ていたコートで口をふさぎましたが、独特のにおいにむせびました
その時、監視所から「B1地点の噴煙が流れ込んでいます。B1地点の見学者は避難してください」との放送が流れて、慌ててその場を離れました
有毒の噴煙に包まれて、火事の現場で煙にまかれる恐怖をちょっぴり体験した気分でした
T__575 T__562
それから、車で少しずつ下がりながら何度も停めては、風景をカメラにおさめました
樹氷ができている所もあり、冬の阿蘇はなかなかのものでした

T__550 T__566

「草千里」はさすがに青々と草が茂っているほうがすてきだろうなと思いましたが、それでもまさに悠久の風景でした
放牧されている牛たちも、ほとんどいませんでしたが、一部放牧場所で4~5頭の牛たちを見ることできました

T__218 T__213
でも自然が創った大パノラマを満喫してきました

阿蘇をあとにして、その日の宿のある由布院へ
由布院は昨年、別府温泉の帰りに少し立ち寄り、次はここに泊まろうと決めた本当のいい雰囲気の温泉地です

T__057 T__077 T__116 T__122
少し早めに着いたので、由布院の街をしばらく散策しました
手作りの雑貨など見ているだけで楽しいお店屋さんがたくさんありました
そして、その日の宿へ
さっそく温泉につかりました
露天風呂からは山頂を雲にまとった由布岳が見えていい気分です

T__053
まさに、極楽、極楽でした 夕食は見た目もきれいな創作和風会席でした
地ビールはちょっとライトな感じでした

そして最終日、由布院の有名な洋菓子屋さんのロールケーキを土産にしました
時間はたっぷりあったので、臼杵の洞窟石仏をみました

T__156 T__168
もう一度、阿蘇をドライブして、熊本空港にもどりました

昨年、最後のいい旅でした
今年もいろんな所へ旅に出て、新しい感動に出会いたいものです

みなさんも、いい年になりますように

Ooo_2

| | コメント (16)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »