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2009年1月23日 (金)

永久欠番

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前回、映画「おくりびと」について感想を書き込みました
「人の死」はだれにとっても避けられないできごとだけに、みなさんいろんな思いを持ってみえるのですね 
私もここ数年、年齢の巡り合わせなのでしょうが近しい人が亡くなって葬儀に参列することが多く「死」について考える機会がふえました 

生まれて初めて「死」について考えたのは中学1年生の時でした 
きっかけがあったわけでもなく、ある夜突然眠りから目が覚めて「自分の死」に思いを馳せました 
「人間はいつか必ず死ぬ でも私が死んだ後も世の中はずっと続く 私がいなくなっても永遠に時は流れる」-永遠に続く世の中で自分は存在しない、ほんの一瞬だけこの世に生きてそのあともずっと世界は続く-そのことが無性に怖くなってその夜は眠れませんでした 
もちろんそんな怖れは次の日にはすっかり忘れ、それ以後は「死」などほとんど考えもせず若い時代を過ごしてきました
 
そして、祖父が亡くなり祖母が続きました 
一昨年に父が逝き、「死」はずいぶんと身近なものになりました 
自分の「死」もまだまだ実感としてではないですが、来るべきものとして受け入れる心もできてきました 
中学生の頃のように「自分はいなくなっても世の中は永遠に続くことへの怖れ」もなくなりました

中島みゆきさんの歌に「永久欠番」という「人の死」をテーマにしたものがあります




永久欠番         中島みゆき

どんな立場の人であろうと
いつかはこの世におさらばをする
たしかに順序にルールはあるけど
ルールには必ず反則もある
街は回ってゆく 人一人消えた日も
何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと

100年前も 100年後も
私がいないことでは同じ
同じことなのに
生きていたことが帳消しになるかと思えば淋しい
街は回ってゆく 人一人消えた日も
何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
かけがえのないものなどいないと風は吹く

愛した人の席がからっぽになった朝
もうだれも座らせないと
人は誓ったはず
でも その思い出を知らぬ他人が平気で座ってしまう
どんな記念碑(メモリアル)も雨風にけずられて崩れ
人は忘れられて 代わりなどいくらでもあるだろう
だれが思い出すだろうか
ここに生きてた私を

100億の人々が
忘れても 見捨てても
宇宙(そら)の掌の中
人は永久欠番
宇宙(そら)の掌の中
人は永久欠番




中島みゆきさんは私が大好きなシンガーの一人です 
でもこの「永久欠番」を初めて聴いたとき、あまりに冷静いえ冷徹な歌詞に、いやこの歌は絶対に違う、認めたくないという拒否感がありました 
特に三連の「愛した人の席がからっぽになった朝 もうだれも座らせないと 人は誓ったはず でも その思い出を知らぬ他人が平気で座ってしまう」の歌詞については、いや私は愛した人のからっぽの席に誰も座らせないみたいな意地のようなものを感じていました 
でも 私の大好きだった祖父や祖母の死から時が経ち、あんなに哀しい気持ちでいた頃と較べると私の心の中に占める存在も薄れてきているのは事実でした 
悲しいけれど人間は哀しみのどん底の状態のまま生きていくことはできない 
2年前に父が亡くなったあと、「永久欠番」を聴く機会があったのですが、その時はすんなりとこの歌が心に沁みこんできました 
私たちは永遠の前には一瞬の存在でしかないし、そして忘れられる存在なのです 
この歌がすんなり心に沁みて初めて気がついたのですが、冷徹なように聞こえたこの歌詞は冷徹などころか「忘れられる存在」の私たちを宇宙という絶対的な空間の中で「確実に足跡を遺す存在」として置いていたのですね 
なるほど、広大なる宇宙の中で私たちは足跡を遺していけるのか―また一つ「死」に対しての怖れがなくなりました
おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんごめんね 
私を可愛がってくれたあなたたちを時々忘れてしまいます 
でも、私が生きているあいだあなたたちも私の心のどこかで活きています

Iiyo
 

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コメント

こんにちは!

人の死は、宇宙規模で見たり、長い歴史の中ではホンの一瞬のできごとかもしれません。

身内の死・・・それも、他人にとってはあまり関係なく忘れられてしまいます。

私たちは、そんないろいろな形の死に直面して、時には号泣したり、涙が止まらなかったり、また、ある時は、「よく長生きしたね」と微笑んだり、また、何も感じなかったり・・・自分と相手の絆の大きさで変わってきますね。

古くから、人は歴史に名を残すため、絵画・音楽・書物等の芸術や武将になって名を馳せたり・・・それが、私たちにとっての人のれきしかもしれません。

クフ王のピラミッド、彼が建造したようになっていますが、多くの名もなきエジプトの民がつくったもの・・・
そう考えると、私たちも名もなき平凡な人生ですが、何人かの人には太い絆となって私たちの死後も語り継がれることと思います。

人は生きるために生きている。
お腹が空いたら食べ、喉が渇いたら飲み、
嬉しいと喜び、悲しいと泣く、
若いときまだ人生は長いと思い、
年をとると、限りある人生を知り、
どうこれから生きていこうかと思案する。

立派にならなくても、有名にならなくても、
自分の人生が自分自身にとって、「いい人生だった」
そんな終わりを迎えたいと思います。

投稿: べあ坊 | 2009年1月24日 (土) 14時48分

中島みゆきさんの歌はあまり知らなくて、
「永久欠番」は初めて読みました。
素直にいい歌だと思います。
宇宙の永久欠番・・・なんていい言葉でしょう。

中学生のころは「死」を思うほど大人ではなく、
野山をかけていました。
30代より身近な人との別れ
そして、この数年は同年代の友人の死・・・・
自然に自分の死を考え、対照的に人の人生よりも後まで生きる樹に
思いをはせるようになりました。

私は存在したことは消え去っていいとも思っています。
墓もいらず、大地に帰っていきたいです。

でも、宇宙の永久欠番・・と思うと心が温かくなります。
いい歌をありがとう!☆

投稿: shibata | 2009年1月24日 (土) 15時00分

去年12月に同世代のの友人を送りました
後残り少ない日々を送る友人もいます
みんな親より先に。。。最大の親不孝
親の世代を送るのと違って
本当に死を身近に感じてしまいます
こんなに何人も続くと
団塊の世代は短命なの???
なんて、落ち込んでしまいますね
死は誰にも平等に訪れるもの
与えられた時間を精一杯、楽しく生きなくちゃ
普段は何とも思っていない健康を
ありがたいと思わないといけませんね。

投稿: 夢見る夢子 | 2009年1月25日 (日) 22時02分

考え事をする時期と、無心に生きる時期を交互に繰り返す人生を生きてきました。最初に考え事をするようになったのは、13歳の頃。「死」についても考えました。その頃、自分にとって最も大事だったのは友人ですが、それまでに引越しで友人関係が一度にご破算になった経験があったので、そのはかなさも感じていました。そして最重要なものがなくなるなら生に固執する理由は何もないなどと考えておりました。
でも、今感じている生と死は、全く変わっています。一番の変化は自分を大事にするようになってきたこと。悠久の歴史や大自然の前で感じていた自分の生の矮小さを、今はあまり感じていません。何度か死を身近に感じる経験を経て、生そのものへの共感が持てるようになってきたのかもしれませんが、自分でもよく分かりません。
今はノホホンと生きる時期なんです。

投稿: 朝霧 圭太 | 2009年1月26日 (月) 08時35分

べあ坊さん

こんばんは(o^-^o)
べあ坊さんは一本筋の通った人生観をお持ちですね
べあ坊さんが前回書き込んでくださったコメントにあったような本当の悲しみを実体験されているからでしょうね
>人は生きるために生きている
とても深い味のある言葉ですね
最近、そんな大切な命を粗末に扱う事件が多すぎますね
命の重みを知っていたら、もっと世の中平和で穏やかになるでしょうね
私は「生きていることは、それだけで素晴らしいことだ。」と最近思うようになってきました
>自分の人生が自分自身にとって「いい人生だった」
>そんな終わりを迎えたいと思います
私も人生の最後に「悔いはない、いい人生だった」と思いながらこの世にさよならしたいと思っています
難しいでしょうが・・・

投稿: vanilla | 2009年1月26日 (月) 21時17分

shibataさん
こんばんは(o^-^o)
私は「永久欠番」の歌が好きになるまで、時間がかかってしまいました
中学生の時に考えた「死」は本当に突然降って湧いたような観念で、その日一日だけの哲学?でした
shibataさんは本当に「樹」がお好きだなぁと思っていましたが、短命の人間に対するものとしての「樹」だったのですね
shibataさんのその感性とよく似た「樹」に対する児童文学を読んだことがあります
昔なので記憶が曖昧ですが、確か「昔、そこに森があった」という本で、大樹を抱きしめてその樹の生命力のささやきを聴く場面があったように思います
まるでshibataさんとそっくりですね
>私は存在したことは消え去っていいとも思っています。
そんな風に思えるようになると「死」への恐怖がずいぶん薄らぎますね

投稿: vanilla | 2009年1月26日 (月) 21時26分

夢見る夢子さん
こんばんは(o^-^o)
>みんな親より先に。。。最大の親不孝
同級生の死はほんとに辛いですね
同じ年の人の死は、嫌でも死について考えさせられますね
でも、脳が健康なら120歳まで生きられると聞きました
夢見る夢子さん、まだまだこれからですよ~!
人生楽しみましょうね
私最近生きてることがとても楽しいんです
本当に健康で何でも美味しくいただけるのって幸せですね

ただ、私ね、100年後の世界を見てみたいという思いが強くて・・・どんな世界になってるんだろうって。
それは決して叶わぬことだから、そう思うと少し寂しい気持ちにもなります(´・ω・`)ショボーン
でもでも、私も夢見る夢子さんのように精一杯楽しく生きていたいと思います^^

投稿: vanilla | 2009年1月26日 (月) 22時22分

圭太さん
こんばんは(o^-^o)
いつもウイットに富んだコメントを書いてくださる圭太さんにも、心の奥にしまいこんだ苦痛があるのですね
13歳で考えるにいたった「最重要なものがなくなるなら生に固執する理由は何もない」というのは、あまりにも早熟な結論ですものね
そして、歳を重ねて得た「自分を大事にするようになってきた」というのは若い時に苦しんだぶん重みのある言葉で納得させられます
「生そのものへの共感」も素敵な言葉ですね
今生きているだけで自分はそして誰もがかけがえのない存在なんですものね
今回、柄にもなく「死」について書いて、みなさんのコメントに教えられることの多い機会となりました
ありがとうございますm(_ _)m

投稿: vanilla | 2009年1月26日 (月) 22時29分

vanillaさん、こんにちは^@^
コメント、遅くなってしまってごめんなさいね。
中島みゆきさんの「永久欠番」という歌初めて知りました。
最後の「宇宙の掌の中人は永久欠番」というフレーズ、
救われますね。

私が死を意識したのは高校生ごろだと思います。
人は死んだらどこに行くのだろうと漠然と考えました。
灰になって無になるだけ?それともどこか別の世界にいけるの?
さすがに子供のころのような天国と地獄のお話は信じなくなり
ましたがやけに人間の存在がちっぽけなものに感じられる
ようになりました。
死を自然なものと考えられるようになったのは父の死からです。
まさに「千の風になって」と同じような心境になりました。
霊柩車で焼き場に向かうとき 杉の木立の間からのぞく青空を見て
父の体はなくなるけれど、魂が抜け出し今も空の上から私たちを
見ているかもしれない これから宇宙の一部分になってやさしい
リズムを奏でるだろう。そう思うと少しも悲しくありませんでした。

今は限られた命だから大切に生きたい。楽しく生きたい。
と思っています。

投稿: hiro | 2009年1月27日 (火) 16時46分

hiroさん

おはようございます(o^-^o)
>死を自然なものと考えられるようになったのは父の死からです。
hiroさんもそうでしたか?
私の父が亡くなった時、ちょうど「千の風になって」がTVなどで流れはじめた頃で、お友達がこの歌のことを教えてくれました
私も父のことを思いながらしみじみと聴きました


私が一番死に対して恐怖を感じていたのは、子供が小さい時でした
もし、この子たちを遺して死ぬことになったらと考えただけで胸が痛くなりました
親はなくても子は育つ・・・その通りなのでしょうが
私はそうなったら子供がかわいそうと言うより、私自身がもう子供たちと会えなくなるということへの恐怖心でいっぱいでした


「宇宙の掌の中人は永久欠番」素敵なフレーズですよね
私もhiroさんと同じようにこれからは、楽しい人生をめざして生きていこうと思っているんです
時間を大切にしながら・・・clock


コメントありがとうございますm(_ _)m

投稿: vanilla | 2009年1月28日 (水) 08時41分

私の心に「確実な足跡」を残して逝ったのは祖母(父の母)と母です。対照的な性格の二人ですが、人間の最も美しい姿として私の心にあります。祖母は深い信仰から来る祈りの姿で、母はいつも変わらぬ笑顔で。

母は子ども、つまり私の兄を3人亡くし、私が生まれて35日目に夫にも先立たれました。その後働きながら私たち3人の子を育ててくれました。幼少時は祖母に育てられたと言ってもいいでしょう。

高校生ぐらいまでは、帰宅しても本や新聞を見ることもない母をどこか軽蔑してもいましたが、愚痴や繰言はほとんど聞いたことがありませんでした。そして年をとるほど笑顔が絶えないようになっていきました。

今私が死んでも、この二人のように残せるものはほとんどない様な気がします。まだまだ励まなアキマヘン。

投稿: joy | 2009年2月 1日 (日) 13時41分

こんにちは!お久しぶりにオジャマします。

永久欠番といえば、巨人群の3番や1番を思い浮かべるのですが

どうも違うみたいですね。

 亡くなられた人は、みな、それぞれ違った人生を歩んでゆくの

で、永久欠番って意味でしょうか?


ところで私も肉親の死に遭遇?する機会が多くなりました。

最初は小5の時に祖母、7年前に母、3年前に父を2年前には叔

父、義父とそのうち僕の番が来るのだと思っています。

それぞれの場面での悲しみが程度の差はあれありましたが、すっか

り日常では忘れてしまっています。

 時々思い出しています。

投稿: カバディーtakennaka | 2009年2月 2日 (月) 12時58分

joyさん
こんにちは(o^-^o)
お久しぶりです・・・お元気そうで安心いたしました


joyさんのお母さまもおばあさまも、素敵な方だったのですね
お母さまは苦労されて、一生懸命にjoyさんを育てていらして、愚痴や繰言もなくいつも笑顔で接してらした、私にはとても真似さえできないことです
お母さまご自身は、苦労などと思ってらしゃらなかったのかもしれないな、と思ったりしました
きっと強い心を持ってらした方だったのですね
私から見れば、joyさんは十分そんなお母さまの心を受け継いでいらっしゃるように思いますよ(*^-^)

コメントありがとうございましたnotes

投稿: vanilla | 2009年2月 2日 (月) 14時07分

カバディーさん
こんにちは(o^-^o)
本当にお久しぶりですね
また来てくださってありがとうございます

>亡くなられた人は、みな、それぞれ違った人生を歩んでゆくので、永久欠番って意味でしょうか?
はい。中島みゆきさんはそんなふうに歌ってらしゃいます
ひとりひとり、かけがえのない存在ということですね^^

カバディーさんも、ご両親を亡くされていらっしゃるのでしたね
>そのうち僕の番が来るのだと思っています。
いつかはね^^
でも、まだまだこれから元気に120歳まで生きてくださいね、人間脳が元気なら120歳まで生きられるそうですから

私も身近な人たちの死、日常の中では忘れています
でも、思い出す時はいつも笑顔の父だったり、祖父、祖母だったりします
遺されたものの心には、優しさだけが残るものなのですね・・・

投稿: vanilla | 2009年2月 2日 (月) 14時20分

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