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2009年4月

2009年4月26日 (日)

名づけられた葉-私とカメラⅡ

田植えが始まりました、というかこの前ブログを書いた中旬ぐらいから田植えをする作業が見られました 
やはり年々早くなっていくようです 
もうほとんどの田んぼに苗が植えられ、まだ頼りなげな苗が風にそよいでいます 
この苗が生長して秋(私の地方では夏の終り)に黄金色の穂をつけるのって感動的です

この前、カメラのおかげで私の人生に一つの転機が訪れたことを書きました 
みなさんも同じ思いの方がいて、共感していただけてうれしいです 
夢見る夢子さんや圭太さんには相方への反論まで考えていただいて感謝です 
早速、圭太さん流に「私は写真を撮りたいから撮るの」と反撃を開始しました        相方は「とうとう、開き直ったか。」と苦笑いでした 
相方も写真を否定しているわけではなく、私に趣味ができて打ち込んでいることは認めてくれています 
なにより、ナビがあっても目的地に着けないほどの方向音痴の私には大切なアッシーくんです(笑) 
私がゆっくり撮影していても、自分は車で本を読んだり居眠りして文句も言わずにいてくれるのでありがたい存在です 

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私は結婚して子どもが生まれて、子育てが生きがいのようなものでした 
そして、子どもたちが大きくなり私の手を離れた時、趣味が何もなかった私の心にポッカリ穴があいてしまいました 
そんな時、ブログを書き始めてそこに写真を載せ始めたのです 
なんの工夫もなかった写真をもっとうまく撮りたい、心を映す写真を撮りたいというのがカメラにのめりこむようになったきっかけです
さて、最近カメラの被写体にちょっと変化が起きてきています 
はじめは風景や花、海、空といった自然そのものをきれいに撮りたいという気持ちでしたそれは今も同じなのですが、ある時たまたま撮っていた花に蝶がとまりました 

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その瞬間をカメラにおさめたとき、胸がどきどきしたんです 
それから虫や鳥、動物たち(人間も)が風景に入り込む瞬間にカメラを向ける時、その生き物たちの息づかいまで伝わってくるようで心が痺れるような感覚になりました 
なかなかそのシャッターチャンスにはめぐまれませんが、私のカメラに対する愛着はますます高まってきました 
まだ息子たちが幼い頃、網を持って虫捕りをしたときのあのなんともいえない緊張感を思い出します
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私にとってカメラは自分を表現する最適のペンです 
文才も画才もない私にとって、うまくは撮れませんが「これが私です」と表現させてくれる魔法の箱なんです 

自分を励ますつもりもあって、今回は新川和江さんの「名づけられた葉」を載せます



名づけられた葉         新川和江

ポプラの木には ポプラの葉
何千何万芽を吹いて
緑の小さな手をひろげ
いっしんにひらひらさせても
ひとつひとつのてのひらに
載せられる名はみな同じ<ポプラの葉>

わたしも
いちまいの葉にすぎないけれど
あつい血の樹液をもつ
にんげんの歴史の幹から分かれた小枝に
不安げにしがみついた
おさない葉っぱにすぎないけれど
わたしは呼ばれる
わたしだけの名で 朝に夕に

だからわたし 考えなければならない
誰のまねでもない
葉脈の走らせ方を 刻みのいれ方を
せいいっぱい緑をかがやかせて
うつくしく散る法を
名づけられた葉なのだから 考えなければならない
どんなに風がつよくとも


さて、いよいよ新緑がまぶしい季節になりました 初夏の到来ですね


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2009年4月19日 (日)

晩春を彩る花たち-私とカメラ

 

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桜もすっかり花を散らし、葉桜になってしまいました 
4月がまもなく終わると初夏の訪れですね

記念写真しか撮ったことのなかった私がカメラにはまりだしてから一年ほどになります 
カメラで美しいワンショットを撮りたい、心に訴えるような一枚を撮りたいと思ったのがきっかけでした 
カメラのレンズを覗いてみることで、私の今までのものの見方や世界が大きく変わったのは、私にとっては転機ともいえるほどのできごとです

相方は私の撮影につきあってくれるのでありがたいのですが、自分では写真を撮ろうとしません 
相方に言わせると「広大な景色の一部分を切り取って、何がおもしろいの」ということです 
私が「絵画でもキャンバスの中に切り取っているやんか」と反論すると
「何言うとんの、絵画は自分の感じたことを絵に創作するんやから、キャンバスの中で無限の広がりを持っとるやん」と切り返されます 
くやしいけれど、今のところ相方をぎゃふんと言わせるだけの写真論を、私は持ち合わせていません・・・ 

昔、花が大好きでどんな花の名前も知っている友人がいました 
その友人が「花の名前を知っていると、通り道が見違えるような風景になるよ。」と言っていました 
その頃はふーんと思っただけですが、今はその意味がよくわかります 
花の名前をたくさん覚えたわけではありませんが、カメラのレンズを通して見ることで私の世界は本当に広がりました 
今まで見過ごしていた花や木、海や空、虫たち、動物や人間たちがそれぞれ個性を持った情景として見ることができるようになりました 
ちょっとおおげさな言い方になったかもしれませんが、カメラに感謝感謝です

さて、春爛漫さまざまな花が色とりどりに咲き乱れています
近くの河原では菜の花(野生でしょうね)が川辺を彩っていました 
野生だからか、ぐんぐんと背を伸ばした菜の花たちです 
菜の花の黄色がなんとも春らしさを漂わせています 
さらにその河原は北側には黄色の菜の花、南側の堤防には白い菜の花(?)が色分けされて咲いていてそのコントラストは見事でした 
今年は河原で菜の花をよく見かけるような気がします 
植物の生態系の変化なんでしょうか

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黄               まどみちお


と なづけられた
きひんある そのいろは
たとえば
天からの ひばりのおしゃべりに
みわたす なのはなに
てのひらの レモンに
ほこりたかく いきづいている

においでなく
ほてりでなく
はだざわりでなく
ひかりのきぶん そのもののように
天のおおらかさと
みずみずしさで・・・

そこにいきづく しあわせを その
いきづくことで ほめたたえながらに

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そして、ようやく見つけました-れんげ畑 (写真は上手く撮れませんでした・・・)
先日出かけた帰り道、田んぼに赤紫の花を見つけたので、車を停めてみたら案の定れんげでした 
あたり一面のれんげ畑とはいきませんでしたが、あちこちにれんげが群生していました 子どもの頃は近くの田んぼはれんげ畑がいっぱいあったのに、最近見かけなくなりました「れんげ」と「白詰め草」はなぜか童心に還らせてくれる花たちで大好きな花たちです 

私の地方ではもう田んぼに水が張られました 
田植えの準備が整いました 
GW前には田植えの風景が見られるはずです

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2009年4月13日 (月)

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今年も桜の季節が終わろうとしています 
今年は例年になく桜の開花が早く、三重県では3月23日が開花日でした 
ところが開花したとたんに寒のもどりで寒い日が続き、満開まではずいぶん日がかかり、結局いつもの年と同じく小中学校の入学式に合わせたように満開になりました 
私はもう子どもたちが大きくなったので卒業式や入学式とは縁遠くなりましたが、今年も入学式の日、桜の満開の下でぴっかぴかの新入生たちは思い出の一枚を撮ったのでしょうね

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さまざまの事おもひ出す桜かな   芭蕉

桜は新年度を飾る花だけに、別れや出会いの背景となり思い出の1シーンとして登場してくるのでしょう 
私はこの季節になると、桜が大好きで毎年桜の花を待ちわびていた祖母のことを思い出します 
その祖母は桜の花を待ちわびつつ、その年の桜を見ずに逝ってしまいました 
だから、私はいつも祖母の代わりに桜を眺め「おばあちゃん、今年もこんなにきれいに桜が咲いたよ」と祖母に話しかけつつ桜を楽しみます

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ことしの花の・・・        新川 和江

ことしの花の下にいて
去年のさくら おととしのさくら
いつの世かさえさだかではない
はるかな春の
おとことおんなに
散りかかっていた花びらを思う

そのあと
ふたりはどうしたか
父の父の 祖父(おおちち)だったかもしれない
母の母の 祖母(おおはは)だったかもしれない
そのふたり

花はいくど咲き いくど散ったろう
ひとたちはいくど会い
そうしていくど別れたろう
うららかに陽は照りながら
ひいやりとなぜかつめたい花の下に
ことしのひとと共にいて

今年は愛知県瑞穂区にある桜の名所百選「山崎川 四季の道」に花見に行ってきました あいにくの小雨日和でしたが、小雨の桜もなかなか情緒がありました 
山崎川に沿って約3kmほどが桜並木になっており、川の両岸にも道の両側にも桜が植わっていて十分に桜を堪能できました

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また川には菜の花も咲いており、桜と菜の花のコラボも楽しむことができました
名所の桜はそれぞれ特色があってきれいなんですが、今年は近所のあちこちの桜をカメラにおさめました 
名もない普通の桜なんですが、レンズを通して観ると一つ一つ表情が違っていて新鮮な驚きでした
春の代表-桜も花吹雪を舞い上げ、葉桜となりそうです 気温ももう初夏を思わせるほど上がってきました 
今年も春がゆきます 桜さん来年もよろしくね

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2009年4月 4日 (土)

天の岩戸-志摩の大島桜

今年は暖冬で桜(ソメイヨシノ)の開花も早く、3月のうちに満開になるだろうと思っていました 
ところが、開花したころから冬型の気候に逆戻りしてなかなか満開とまでいきません 
みなさんのところの桜はどうでしょうか
そんな時、ちょうどラジオのFM三重で「志摩の大島桜が満開で見ごろです」と放送していました 
でもインターネットで調べても検索できず、とにかく志摩のほうへ行ってみたらなんとかなるだろうと気楽に出かけることにしました
伊勢神宮内宮前の五十鈴川堤の桜もきれいなので、まずは内宮前の駐車場へ向かいました 
やはりここもまだ満開にはほど遠く、いちばん花盛りの木でも2,3分咲きといったところでした

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そこで交通整理をしている警備員の方に「志摩の大島桜がこの近くと聞いたのですが。」と尋ねると、「ああその桜なら」とご存じでした 
伊勢道路で山一つ越えると「天の岩戸」という観光名所があるのですが、その「天の岩戸」の手前にあるとのことでした 何度も通ったことのある道ですが、こんなところに志摩の大島桜があるなんて全く知りませんでした 
伊勢道路のぐねぐね道を車を走らせると、「天の岩戸」の看板がありました 
道路を折れて山道に入りました 
山道をしばらく進むと車が何台か停まっており、山中に田んぼが広がっていました 
その田んぼの先に、ありました 

見事な一本桜が満開の花をつけていました 
案内板には「家建(やたて)の茶屋跡の大島桜」と書いてありました 
樹齢350年以上の桜だそうです 
観光に来る人もまばらで、その人たちもひとしきり感慨深げに眺めては短い時間で去っていくので一本桜を独り占めという感じでした 
樹下にはぜんまいやすみれ、れんげが咲いており、なんとものんびりした贅沢な時間を過ごすことができました
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ここまで来たので、「天の岩戸」にも寄ってみることにしました 
さらに1kmほど山奥に入り車を降りて杉木立ちをどんどん歩いていきました 
途中で大きなポリ容器に水をいっぱい入れて持ち帰る人に出会いました 
「天の岩戸」は「恵利原の水穴」とも呼ばれその洞くつからは清水が湧き出ていました ここの湧水は日本名水百選の一つなんです
「天の岩戸」伝説は須佐之男尊(スサノウノミコト)のあまりの悪事を戒めるため天照大神(アマテラスオオミカミ)が岩戸に隠れてしまわれて地上が闇に閉ざされる 
そして八百万(やおろず)の神々が天照大神を岩戸から出すためにいろいろと知恵をしぼり、アメノウズメに踊りを踊らせる 
その踊りを見て八百万(やおろず)の神々が笑い出し、その笑い声を聞いた天照大神が顔を覗かせた時に岩戸をこじあけた 
という古事記の神話からなるものです 
全国に何ヶ所も「天の岩戸」伝説の場所があるようです

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ここはどう見ても天照大神が隠れてしまわれるには小さすぎる洞くつでしたが、伊勢神宮の祭神が天照大神なのでけっこう由緒ある地だそうです

時間があったので、志摩から鳥羽へ抜けるパールロードを通っていきました 
風が強く白波が立っていました 
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パールロードから眺める伊勢志摩のリアス式海岸はとてもきれいです 
内心、日本三景の「松島」より美観だと思っています(地元贔屓ですが・・・)

さて次回は、満開のソメイヨシノの写真がお届けできるでしょうか

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2009年4月 1日 (水)

春日大社-春の奈良2

白豪寺の椿をあとに、近いということもあって春日大社にお参りをしていくことにしました 
車で奈良公園へ近づくにつれて観光客がどんどん増え、東大寺大仏殿の参道はもう人ごみでごったがえしていました

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白豪寺の静けさがうそのように人また人、奈良はやはり大人気の観光スポットです 
県営駐車場はどこも満車、心配しながら春日大社の駐車場に向かうとなんとか入場できました
駐車場から歩いて表参道に入ると、さっそく鹿さんたちがたくさん出迎えてくれました 
参道沿いにずっと石燈篭が並んでいるのですが、なぜか一匹ずつの鹿が灯篭の間から顔を出して鹿せんべいをくれとばかりに首を振っておじぎしているような仕草の可愛いこと

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手を清める手水所もよくある龍の口ではなく、大きな鹿像の口から水が流れているのも鹿を神の使いとする春日大社ならではの光景でした

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春日大社の神殿が見えてきました 
朱色の柱に白壁、あぁ小学校の修学旅行の時に来たことあるあると思い出しました 
南門から入り、幣殿からお参りをするのですが500円の参拝料をおさめると御本殿の特別参拝ができるとわかり、初穂料をおさめました 
明治の寺社統廃合のせいでしょか、とにかくたくさんの神社が鎮座していました
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中門から四柱となる神々を祀る国宝の四本殿にお参りしました 
三重県の伊勢神宮の神々しさとはまた別な荘厳な雰囲気を持つ大社でした 
回廊全体に3000基とも言われる燈篭がずらりと吊るされている様子は見事でした
巫女さんはそれぞれ額のところに藤の花の飾りものをつけていましたが、境内に「砂ずりの藤」という有名な藤があるからでしょうか

春日大社にお参りをすませ、奈良公園で昼食をとり、しばし散策 鷺池には貸しボートを漕いで楽しんでいる人がたくさんいました 
辛夷の大木が池のほとりにあり白い花をいっぱいつけていました

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春日大社の参道にもどると、参道沿いに「春日大社 神苑 万葉植物園」がありました 
今はまだ花も少ないだろうと思って、受付の方に聞くと椿、桜のほかにレンゲやかたくりの花が咲いているということでした 
「かたくりの花」は写真では見たことがあり、その可憐な姿を実際に見てカメラにおさめたい花だったのでさっそく入園しました 
広い園内に万葉集に歌われた木や草花が植えられており、その前には詠まれた歌が掲示されていました 
お目当てのれんげもかたくりもそれぞれ数本ずつしか咲いていませんでしたが、かたくりの花は写真と同じ可憐な花を開かせていました

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広い敷地内には私たちの他、1組の入場者がいただけで、奈良公園の賑わいとは別空間のような静けさでした 
カメラのシャッターをきりながらゆっくりと時間を過ごしました 
気がついたら時間は5時過ぎ、慌てて出口へ向かったら門がもう閉まっていて受付の方が待っていてくれました 

興福寺の五重の塔と夕日をとりたいと思いつつ、それは次回の奈良行に持ち越すことにして奈良をあとにしました 
次は若草山が緑の芝におおわれた頃に訪れようと思っています

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