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2009年5月

2009年5月26日 (火)

浜名湖周辺の旅

5月もあとわずかになりました 
日本列島、新型インフルエンザの話題でいっぱいですね 
それほど脅威を感じるまではいきませんが、神戸などではみんなマスク着用らしいですねわが三重県はまだ発症者はいませんが、お隣の滋賀県で感染者が出て要注意というところでしょうか 
新型インフルエンザを少々敬遠して、今回は東へ向かうことにしました 
東方面で、日帰りということで「浜名湖」への小旅行にしました
東向きの旅も「伊勢湾岸高速道路」が完成して、とても便利になりました 
23号線を川越ICで高速に乗り、「名港トリトン」と呼ばれる名古屋港を跨ぐ三つのきれいな大橋を横断していきます

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赤・白・青と色分けされた橋は車上からでもなかなかの景観です 
豊田JCから東名高速道に入ってしばらく走ると、もう浜名湖です 
今回は浜名湖を一周しようと湖西の三ヶ日ICで降りました 
西側からぐるりと湖を廻って弁天島のほうへいくと、海側にも湖側にも人・人・人、なんだろうと思って車を停めると「潮干狩り」を楽しんでいる人たちでした

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そういえば、この日は大潮です 
最高の潮干狩り日和だったんですね 
浜名湖が潮干狩りの名所とは知りませんでしたが、すごい人出にびっくりです 

弁天島を通り浜名湖一の観光地「舘山寺温泉」へ 
ここは息子たちがまだ小さい頃、遊園地をおめあてに来たことがあります 
温泉地は昔ながらの面影を残していましたが、近辺に「フラワーパーク」や「動物園」までできていました
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小雨がぱらつく天気のせいで湖水がよごれた色に見えて残念でした

舘山寺温泉をあとにして浜名湖を離れ、浜松市街にある「浜松城」に向かいました 
「浜松城」は若き徳川家康が岡崎城のあと17年ほど居城にした城で由緒ある史跡です 
「浜松城」周辺は公園としてとてもきれいに整備され市民の憩いの場となっており、隣に市役所があり(豊橋と同じでした)市の中心となっているのがよくわかりました 
こういう街づくりは素敵ですね 

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入口には紫陽花がはやくもピンクとブルーの花を開かせていました 
別名「出世城」と呼ばれる城内に入りました

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天守閣からは浜松市街を一望することができました 
晴れていると富士山も見えるそうです

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公園内に日本庭園が造られており、小さな滝や池などもありました 
池の真ん中の小島ではカルガモが卵を抱いていました

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そして、いました! 卵から孵ったカルガモのひなと親鳥が仲良く泳いでいました 
ニュースの映像でカルガモ親子が道を並んで歩く姿は見たことがありましたが、間近で見るのは初めてです 

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私はてっきり、ひなたちは親ガモのあとを必死に付いていくものだと思っていましたが、なんのなんの、すっかりくつろいで親ガモから離れて思い思いに遊んでいました 
後ろ向きに泳いだり、ちょっと危なっかしい泳ぎのかわいいこと・・・しばらく見入ってしまいました

この「浜松城」公園から15分ほど車を走らせるともう海-遠州灘です 
「中田島砂丘」は浜松凧揚げ大会で有名なところだそうですが、思ったより大規模な砂丘が広がっていました(日本三大砂丘の一つでした)

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堆砂垣という砂が風で吹き飛ばすのを防ぐ竹の垣根がなだらかな砂丘と対照的に幾何学模様を描いて面白い風景となっていました

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心残りはせっかく浜名湖に行ったのに「鰻」を食べてこなかったこと、せめてもと浜名湖SAで「うなぎパイ」を買いましたけど(笑)

帰路は1000円高速名物の「渋滞」に出会いました 
1000円高速の功罪やいかにですね

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2009年5月20日 (水)

「グラン・トリノ」-ガンマンが銃(ガン)を棄てる時

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クリント・イーストウッド監督、主演の映画「グラン・トリノ」を観てきました 
やはりクライマックスで涙が溢れて、眼を腫らせて映画館をあとにしました

クリント・イーストウッドは「荒野の用心棒」「夕日のガンマン」そして「ダーティーハリー」シリーズなど、私にとって若い日のちょっとニヒルなアメリカンヒーローです 
もちろん監督としての評価も高く、アカデミー賞で監督賞、作品賞を受賞しています 
イーストウッド監督作品を全部観ているわけではありませんが、硫黄島での日米決戦を描いた「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」はアメリカ兵・日本兵の両側からの視点で捉えており私の中では名作の一つです

さて、「グラン・トリノ」はイーストウッド演じるウォルト・コワルスキーの最愛の妻の葬儀シーンから始まります 
参列した孫のヘソ出しルックに顔をしかめ、いかにも頑固で偏狭な老人という印象を最初から打ち出します 
息子たちもそんな老父に辟易しており、ウォルトの孤立している様子がよくわかります  たぶんウォルトの最大の理解者であった妻の死は彼のいっそうの孤立・厭世感を高めたのだろうと想像させるようになっています 

オープニングのウォルトの描写は息子の家族や隣人を排除する頑固さ・孤立性・偏狭さを際立たせるものです 
そしてウォルトは本当に数少ない罵声をあびせあう友人だけに心を開き、あとは芝刈り以外はビールを飲んで1日を過ごす殻に閉じこもった老人なのです 
だからこそ、その後展開するアジア系民族のモン族の家族との出会いをきっかけとするウォルトの心の変化がなんとも和やかな雰囲気を観客に与えることになります

隣に引っ越してきたモン族の家族にウォルトは唾を吐き、自分の芝に足を踏み入れることさえ拒否します 
しかし、隣家の娘スー・ローの気の利いた会話でウォルトは隣家のモン族と交流を始めます 
異文化の慣習にとまどいながらも、礼儀正しいモン族に次第に心を開いていくウォルト スーのおとなしい弟タオ・ローが従兄率いるギャンググループに無理強いされ、ウォルトの愛車「グラントリノ」を盗もうとして失敗に終わります
その償いにタオ・ローに仕事をさせていく中で、ウォルトはまるで父親のような眼差しでタオ・ローを育てていくことになります 
頑固で偏屈な老人の暖かい心、ストーリーの中で心がほっとする場面です 
しかし、職に就いたタオ・ローに例のギャングたちが襲いかかります 
ここで「夕陽のガンマン」や「ダーティーハリー」と同じく悪者のギャングをやっつけるウォルトが描かれます 
ここで終わればニヒルなヒーローの再来です
「報復には報復しかない」「復讐の連鎖」、監督イーストウッドの腕の見せ所はここからでした 
ギャングたちはさらにひどい報復をもってモン族一家に襲いかかります 
それはあまりに凄惨な「報復」でした 
そして「復讐の連鎖」を止めるべく立ち上がったウォルトはどんな策をこらしてギャングに相対したのか・・・ 
そこには衝撃的なラストシーンが待っていました

ウォルト・コワルスキーには朝鮮戦争での非人間的な行為が色濃く反映されています 
また栄光のアメリカを象徴する自動車産業が斜陽化する現実も反映されています 
多民族問題、宗教問題など現在のアメリカが抱える「病巣」を全て反映しているといってもいいでしょう 
しかし、かつて「夕陽のガンマン」や「ダーティーハリー」でニヒルながらも「力による正義」を演じてきた俳優が監督となって「病めるアメリカ」に力ではない解決法を、映像によるメッセージで送る 
ここに病んでいるとはいえアメリカの健全な底力を感じます
私の住む日本も先行きも見えない不安、希望が示されない政治状況、殺人・暴力の多発などアメリカに負けず病んでいます 
でも「グラン・トリノ」のような映画はなかなか創られることはありません 
日本の健全さはどこにあるのでしょう 
映画を観て日米の違いにもため息が出てしまいました

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2009年5月11日 (月)

新緑の京都-三千院

5月に入り、GWの5連休も終わりました 

日本列島、1000円高速の渋滞列島となりましたね 
去年はGWにじっとしておれず京都広隆寺の弥勒菩薩に会いに行きました 
今年は高速道路の渋滞が予測されたので、GWに先がけてでかけました 
やはり行く先は京都にしました 
奈良巡りが多かったので、久しぶりの京都です 
目的地は大原の三千院、もちろん「恋に疲れた」からではありません(笑)、三千院のしっとりした苔の庭でゆっくり過ごそうと思ったからです

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新名神から見える山並みは新緑で若々しい命の息吹であふれていました 
ところどころに山藤の紫が点々と見えており、なんともすがすがしい風景でした 

京都東インターで降り山科を通って白川通りを北上しました 
途中で「銀閣寺」の案内を見つけました 
「銀閣寺」は学生時代に友人が百万遍に下宿していて遊びに行った時に連れていってもらったきりです 
時間もたっぷりあったので、ちょっと寄り道して「銀閣寺」に行くことにしました 
記憶の中の「銀閣寺」はとにかく「渋い」お寺で、それ以外は何も残っていませんでしたところが駐車場に車を停めて歩き出すと、しゃれたお土産もの屋さんや食べ物屋さんが並んでおり「えっ、こんなににぎやかな通りだったっけ!」とまず驚きました

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そして銀閣寺の受付に通じる道がきれいに刈ってある垣根(といっても、3mほどもある高い垣です)でこれもびっくり、「銀閣寺垣」と呼ばれてけっこう有名な垣根なんだそうです 

受付で拝観料500円をおさめて、入っていくと記憶の中の「銀閣寺」とは全く違いよく整備されたきれいな庭園をもつ立派なお寺でした 
「銀閣寺」は通称で正式には「東山慈照寺」というそうです

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残念なことに銀閣と呼ばれる観音殿は現在修復中で姿は見られたのですが、工事中の足場が組んであって見栄えはよくなかったです 
私の中の「渋い」という記憶は豪華絢爛の「金閣寺」と較べてあまりに地味だったからでしょうね 

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歴史上も銀箔を貼られることはなかったようですが、銀箔をはりめぐらしたらどんな外観を呈するのでしょうか
「哲学の道」も少し歩いてみました 

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ここもところどころおしゃれな店などがあり、今や哲学しながら歩く道の風情ではありませんでした

そして京都の郊外、大原へ向かいました 
前回訪れた時は「寂光院」にも寄ったので「三千院」までけっこう距離のあるところに駐車しましたが、今回は「三千院」だけなのですぐ近くの駐車場に停めて少し歩くだけで「三千院」に到着 
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大きくて威厳のある御殿門をくぐり、受付で700円の拝観料をおさめました 
まずは「客殿」の縁側に坐って聚碧園を眺めながらゆっくりしました 

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このゆっくり時間の流れる空間がとても好きです 
それから回廊を抜けると、この旅の目的「有清園」です 
まっすぐに伸びた杉木立とその下一面を苔で覆った庭園 
なんともいえない閑かさです

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空気も澄みきった感じがします 
いつまでもこの場所にいれそうな気がします
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苔原の一隅にアクセントのように童地蔵が寝転んだり、首を傾げて笑っていたりします 石楠花や紫陽花、紅葉が有名でその頃訪れるのもいいでしょうが、人の少ない時が閑静さを味わうのにはいいなとも思えます 

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気持ちのいい時間をたっぷりと過ごしてきました 
やはり歴史の奥深い奈良に対して上品で優美な京都です

帰路は京都市街へ戻らず、大原を抜けて琵琶湖畔に出ました

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近江八景の「堅田の落雁」で名高い堅田の浮御堂から琵琶湖を望んできました 
なかなかいい旅となりました 

その分、GWは遠出もせずおとなしくしていました

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2009年5月 8日 (金)

それは運命だった-映画「スラムドッグ$ミリオネア」

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今年のアカデミー賞は「ベンジャミン・バトン」で決まりだと思っていました 
強力なライバル作品があるとは聞いていましたが・・・。
そして結果は「ベンジャミン・バトン」は完全に封じこめられ、作品賞や監督賞など8部門でオスカーを獲得したのは「スラムドッグ$ミリオネア」でした 
イギリス人監督ダニーボイルがインドを舞台に選び、現地インド人をたくさん動員した作品です 
華やかなスターは誰一人として出演しておらず、劇場公開も危うかったと聴く作品です アカデミー賞が決まってから日本の各地で上映され始めました 
観に行くのにどうも決心がつかず迷っていましたが、あの「ベンジャミン・バトン」を抑えてオスカーをとったのだから魅力ある作品なのだろうと思い切って観にいきました

映画が始まるやいなや目はスクリーンに釘づけ、息もつかせぬストーリーの展開に、2時間はあっという間に過ぎ去ってしまいました

スラム街で生まれ育ち、学問はもちろん学校へ通うことすらなかった無学な青年がクイズミリオネアに出場し正解を続け誰もが成しえなかった2000万ルピーという大金を手にするというなんともハッピーエンドなストーリーである 
しかし、この映画が平板なハッピーストーリーに終わらないために巧みな仕組みがしかけられている 
このスラム出身の青年の名はジャマール、ジャマールはクイズミリオネアで司会の思惑を次々と破り1000万ルピーの問題まで正解を出してしまう 
それがために狡猾な司会者から警察に「詐欺者」として通報、逮捕され過酷な尋問を受けることになる 
拷問のような尋問に答えていく中でジャマールの生き様が語られることになる 
その生き様の描写がまさにかつてのインド社会の生々しいスラム街を描く社会性である 日本にいては想像を絶するスラムで生きる子どもたち、大人たちの弱肉強食の世界、難問であったクイズの正解はジャマールのそんなスラムを生き抜いてきた体験の中で刻み込まれた思い出にあった 
つまりジャマールの正解は運ではなく、運命であったという必然性を導き出すのである

この映画の価値を高めている社会性ともう一つの柱が「純愛」である 
ジャマールはお金持ちになりたくてクイズ番組に出たのではない 
少年期に出会ったラティカという愛する女性に自分の存在を示すためにクイズ番組に出場したのである 
スラム街を強く生き抜いてきたジャマールの心を支えていたのはこのラティカである 
しかもその愛する女性はかつて絆強く共に生き抜いてきた兄サリームが裏社会で生きるようになってしまい連れ去ってしまったのである 
実は全編、この純愛がストーリーを貫いているのである 
そして、ジャマールは最後のクイズにも正解を出し、最愛のラティカとも再会をはたす

ネタバレほどストーリーを追ってしまいました すみません 
どうしても腑に落ちない点が一つだけありました 
最後のクイズ問題の解き方です 
この仕掛けからすれば、最後のクイズの正解にジャマールの最も忘れ難い思い出の1シーンをもってくれば完璧なのに・・・という思いが残りました 
ところがこの最後のクイズだけはジャマールの経験にも答えはありませんでした 
最後の最後は運なの???と言いたくなる運びです 
ただ観客をドキドキするための演出なのでしょうか
この疑問が頭から離れず、2回目を観にいってしまいました 
そこで見つけたこと―ジャマールは最後のクイズが解けず、最後のライフライン「テレフォン」を使用します 
かけた相手はラティカを連れ去った憎むべき兄でした 
最後に賭けた相手が兄、ここに「社会性」「純愛」ともう一本の柱がありました 
「兄弟の絆」です 
裏社会を生きてきた兄もまたこのジャマールの兄弟愛に応えるかのように命を賭して弟に報います

フィナーレは出演者多数によるダンスでした 
やっぱりインド映画を意識していました(笑)

「ベンジャミン・バトン」=数奇な運命は「スラムドッグ$ミリオネア」=純愛の運命に負けてしまいましたか・・・ 
うーん、ちょっと複雑な気持ちです

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