映画・テレビ

2009年5月20日 (水)

「グラン・トリノ」-ガンマンが銃(ガン)を棄てる時

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クリント・イーストウッド監督、主演の映画「グラン・トリノ」を観てきました 
やはりクライマックスで涙が溢れて、眼を腫らせて映画館をあとにしました

クリント・イーストウッドは「荒野の用心棒」「夕日のガンマン」そして「ダーティーハリー」シリーズなど、私にとって若い日のちょっとニヒルなアメリカンヒーローです 
もちろん監督としての評価も高く、アカデミー賞で監督賞、作品賞を受賞しています 
イーストウッド監督作品を全部観ているわけではありませんが、硫黄島での日米決戦を描いた「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」はアメリカ兵・日本兵の両側からの視点で捉えており私の中では名作の一つです

さて、「グラン・トリノ」はイーストウッド演じるウォルト・コワルスキーの最愛の妻の葬儀シーンから始まります 
参列した孫のヘソ出しルックに顔をしかめ、いかにも頑固で偏狭な老人という印象を最初から打ち出します 
息子たちもそんな老父に辟易しており、ウォルトの孤立している様子がよくわかります  たぶんウォルトの最大の理解者であった妻の死は彼のいっそうの孤立・厭世感を高めたのだろうと想像させるようになっています 

オープニングのウォルトの描写は息子の家族や隣人を排除する頑固さ・孤立性・偏狭さを際立たせるものです 
そしてウォルトは本当に数少ない罵声をあびせあう友人だけに心を開き、あとは芝刈り以外はビールを飲んで1日を過ごす殻に閉じこもった老人なのです 
だからこそ、その後展開するアジア系民族のモン族の家族との出会いをきっかけとするウォルトの心の変化がなんとも和やかな雰囲気を観客に与えることになります

隣に引っ越してきたモン族の家族にウォルトは唾を吐き、自分の芝に足を踏み入れることさえ拒否します 
しかし、隣家の娘スー・ローの気の利いた会話でウォルトは隣家のモン族と交流を始めます 
異文化の慣習にとまどいながらも、礼儀正しいモン族に次第に心を開いていくウォルト スーのおとなしい弟タオ・ローが従兄率いるギャンググループに無理強いされ、ウォルトの愛車「グラントリノ」を盗もうとして失敗に終わります
その償いにタオ・ローに仕事をさせていく中で、ウォルトはまるで父親のような眼差しでタオ・ローを育てていくことになります 
頑固で偏屈な老人の暖かい心、ストーリーの中で心がほっとする場面です 
しかし、職に就いたタオ・ローに例のギャングたちが襲いかかります 
ここで「夕陽のガンマン」や「ダーティーハリー」と同じく悪者のギャングをやっつけるウォルトが描かれます 
ここで終わればニヒルなヒーローの再来です
「報復には報復しかない」「復讐の連鎖」、監督イーストウッドの腕の見せ所はここからでした 
ギャングたちはさらにひどい報復をもってモン族一家に襲いかかります 
それはあまりに凄惨な「報復」でした 
そして「復讐の連鎖」を止めるべく立ち上がったウォルトはどんな策をこらしてギャングに相対したのか・・・ 
そこには衝撃的なラストシーンが待っていました

ウォルト・コワルスキーには朝鮮戦争での非人間的な行為が色濃く反映されています 
また栄光のアメリカを象徴する自動車産業が斜陽化する現実も反映されています 
多民族問題、宗教問題など現在のアメリカが抱える「病巣」を全て反映しているといってもいいでしょう 
しかし、かつて「夕陽のガンマン」や「ダーティーハリー」でニヒルながらも「力による正義」を演じてきた俳優が監督となって「病めるアメリカ」に力ではない解決法を、映像によるメッセージで送る 
ここに病んでいるとはいえアメリカの健全な底力を感じます
私の住む日本も先行きも見えない不安、希望が示されない政治状況、殺人・暴力の多発などアメリカに負けず病んでいます 
でも「グラン・トリノ」のような映画はなかなか創られることはありません 
日本の健全さはどこにあるのでしょう 
映画を観て日米の違いにもため息が出てしまいました

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2009年5月 8日 (金)

それは運命だった-映画「スラムドッグ$ミリオネア」

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今年のアカデミー賞は「ベンジャミン・バトン」で決まりだと思っていました 
強力なライバル作品があるとは聞いていましたが・・・。
そして結果は「ベンジャミン・バトン」は完全に封じこめられ、作品賞や監督賞など8部門でオスカーを獲得したのは「スラムドッグ$ミリオネア」でした 
イギリス人監督ダニーボイルがインドを舞台に選び、現地インド人をたくさん動員した作品です 
華やかなスターは誰一人として出演しておらず、劇場公開も危うかったと聴く作品です アカデミー賞が決まってから日本の各地で上映され始めました 
観に行くのにどうも決心がつかず迷っていましたが、あの「ベンジャミン・バトン」を抑えてオスカーをとったのだから魅力ある作品なのだろうと思い切って観にいきました

映画が始まるやいなや目はスクリーンに釘づけ、息もつかせぬストーリーの展開に、2時間はあっという間に過ぎ去ってしまいました

スラム街で生まれ育ち、学問はもちろん学校へ通うことすらなかった無学な青年がクイズミリオネアに出場し正解を続け誰もが成しえなかった2000万ルピーという大金を手にするというなんともハッピーエンドなストーリーである 
しかし、この映画が平板なハッピーストーリーに終わらないために巧みな仕組みがしかけられている 
このスラム出身の青年の名はジャマール、ジャマールはクイズミリオネアで司会の思惑を次々と破り1000万ルピーの問題まで正解を出してしまう 
それがために狡猾な司会者から警察に「詐欺者」として通報、逮捕され過酷な尋問を受けることになる 
拷問のような尋問に答えていく中でジャマールの生き様が語られることになる 
その生き様の描写がまさにかつてのインド社会の生々しいスラム街を描く社会性である 日本にいては想像を絶するスラムで生きる子どもたち、大人たちの弱肉強食の世界、難問であったクイズの正解はジャマールのそんなスラムを生き抜いてきた体験の中で刻み込まれた思い出にあった 
つまりジャマールの正解は運ではなく、運命であったという必然性を導き出すのである

この映画の価値を高めている社会性ともう一つの柱が「純愛」である 
ジャマールはお金持ちになりたくてクイズ番組に出たのではない 
少年期に出会ったラティカという愛する女性に自分の存在を示すためにクイズ番組に出場したのである 
スラム街を強く生き抜いてきたジャマールの心を支えていたのはこのラティカである 
しかもその愛する女性はかつて絆強く共に生き抜いてきた兄サリームが裏社会で生きるようになってしまい連れ去ってしまったのである 
実は全編、この純愛がストーリーを貫いているのである 
そして、ジャマールは最後のクイズにも正解を出し、最愛のラティカとも再会をはたす

ネタバレほどストーリーを追ってしまいました すみません 
どうしても腑に落ちない点が一つだけありました 
最後のクイズ問題の解き方です 
この仕掛けからすれば、最後のクイズの正解にジャマールの最も忘れ難い思い出の1シーンをもってくれば完璧なのに・・・という思いが残りました 
ところがこの最後のクイズだけはジャマールの経験にも答えはありませんでした 
最後の最後は運なの???と言いたくなる運びです 
ただ観客をドキドキするための演出なのでしょうか
この疑問が頭から離れず、2回目を観にいってしまいました 
そこで見つけたこと―ジャマールは最後のクイズが解けず、最後のライフライン「テレフォン」を使用します 
かけた相手はラティカを連れ去った憎むべき兄でした 
最後に賭けた相手が兄、ここに「社会性」「純愛」ともう一本の柱がありました 
「兄弟の絆」です 
裏社会を生きてきた兄もまたこのジャマールの兄弟愛に応えるかのように命を賭して弟に報います

フィナーレは出演者多数によるダンスでした 
やっぱりインド映画を意識していました(笑)

「ベンジャミン・バトン」=数奇な運命は「スラムドッグ$ミリオネア」=純愛の運命に負けてしまいましたか・・・ 
うーん、ちょっと複雑な気持ちです

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2009年1月18日 (日)

おくりびと

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まもなく、父が亡くなって2年目―3周忌を迎えます 
一昨年突然の入院から2週間、本当にあっけなく息をひきとりました 
職人気質の無口で頑固な人でしたが、逝く時までやはり無口なままでした 
祖父や祖母が亡くなったときは、おばあちゃん子だった私はただ哀しみにうちひしがれていましたが、却って父の時は葬儀の段取りなどで哀しみにくれているよりも慌ただしく疲労感がいっぱいでした 
そんな中で「湯灌の儀」は、家族だけが見守るなか一連の葬儀のなかで最も厳粛で高潔な感を抱いた儀式でした 
初めて目にする儀式でもありました 
父の亡き骸をていねいに清めてくれ、冥土への旅立ちの衣を着せ棺に納めていく流れは本当に見事な作業で感謝の念と感動さえ覚えました

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映画「おくりびと」はその納棺師をテーマにしたものです 
映画などめったに見ない母もこの映画だけは見たいというので昨年末一緒に観に行きました 
思っていた以上によく仕上がっていました 

主演の本木雅弘さんは、もともと個性的な演技力で好きな俳優さんの一人でしたが、納棺の儀式を執り行なう演技は見事な熱演で厳粛さも清らかさも余すところなく表現されており心動かされました 
子どもの頃、自分を捨てて家を出て行った父親の納棺の儀式を行うシーンは涙が溢れて止まりませんでした 
子どもの頃の思い出である河原での石ころの交換が、最後のクライマックスの伏線になっているのもすごい演出でした 
これで本木さんの上司を山崎努さんが演じているとなれば出来栄えがいいのは当たり前でしょうか 
妻役の広末涼子さんはあまり好きではない俳優さんでしたが、けっこう役柄にはまっていて見直しました 
そして何よりも「死」を扱いながら底流にコミカルなユーモア性が流れているのがこの作品をただ重いだけの暗い作品に仕立てなかった素晴らしさだと思います

父の死を改めて見つめ直させてくれたこの映画が日本アカデミー賞の13部門で優秀賞をとったことを、とてもうれしく思いました 

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