奈良

2009年10月13日 (火)

秋の奈良-春日山原始林

日が沈むのが早くなりました
まさに秋のつるべ落としですね 
さらに夜は冷えこむようになってきました 
相方から「そろそろいい季節だから、大台ヶ原のハイキングに行こうか」ともちかけられましたが、長時間のウォーキングやハイキングが苦手な私は、紅葉にはまだ早いから、春日山の原始林にしようと提案しました 
前に春日大社を訪ねたときに、奥にある春日山は永年人の手を入れることなく原始林を保っていると聞いて、行きたかった場所でした 
しかも原始林の中をドライブウェイが通っているので、そんなに歩かなくても済むし・・・ と、そんなわけで「春日山原始林」に行ってきました
最近よく訪れる奈良公園を横切って、東大寺の裏手から「奈良奥山ドライブウェイ」に入りました 
このドライブウェイは「新若草山コース」「奈良奥山コース」「高円山コース」の三つからなり、全コースを走ると1,720円の料金です 
「奈良奥山コース」が原始林内を通るコースなので、全コースをめぐることにしました(と言っても、全13kmの短い距離です)
まずは若草山の頂上へ 

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ここにも鹿さんがいました 
奈良公園ほどではなく、5,6匹の鹿が餌をねだっていました 
山頂の展望台からは奈良の街が一望できました 
東大寺の大仏堂や興福寺の五重搭が遠くかすんで見えていました 
古墳跡にはススキが群生しており、風になびいていました
若草山頂を過ぎると、「奥山コース」-春日山原始林です 
道もドライブウェイとはいえ舗装されてなくて、木々がうっそうと繁る中ゆっくり車を走らせました 
途中で「鶯滝」に立ち寄りました

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木洩れ日が気持ちよく、森林の澄んだ空気を吸うととても落ち着きます 
「鶯滝」は名の通り見上げるような大滝ではなく、せせらぎが流れ落ちるかわいい滝でした

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ハイキングの方たちもたくさん来ていて、あちこちで休息をとっていました 
岩肌を刻んだ石仏の数も多いそうですが、その中の地獄谷の石仏だけ拝んできました
奥山を過ぎると「高円山」、万葉集に数多く詠まれた地です

高円の 野辺の秋萩 いたづらに 咲きか散るたむ 見る人なしに  

高円山からもう一度奈良の街を眺望して下っていきました

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時間が早かったので、明日香村ののどかな秋の風景を楽しんでこようと足を延ばしました途中柿づくりが盛んなのか、道中色づきはじめた柿の木をたくさん見かけました(圭太さん垂涎の風景です)
明日香村も何度か訪れているのですが、恥ずかしいことにどうも大和三山の見分けがつきません 
今回初めて「香具山」を確認しました 
山というより丘陵と呼んだほうがよさそうです
 「耳成山」「畝傍山」もこれぐらいの高さの山かもしれない、今までわからなかったはずだと納得しました
石舞台に向かう途中「奈良県立 万葉文化館」の看板を見つけて、えっこんな施設あったかな、と興味津々・・・車で向かいました
たぶんオープンして間もないのでしょう(調べたら、平成13年オープンでした) 
真新しい建物に立派な庭園が広がっていました

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しばらく庭を散歩して、入館料600円を払い館内へ入っていきました

常設の「日本画展示室」があり、万葉をモチーフにした魅力的な日本画が展示してありました
定期的に特別展示もあるようで、この時は浅野均さん(絵に疎い私は存じあげていません)の絵が初期から現在まで順に展示されていました

一般展示室ではアイデアこらした万葉人の生活に触れるコーナーがあったり、万葉劇場ではからくり人形による万葉歌の朗詠(歌のようにメロディがついてました)が聞けます 
私は「柿本人麻呂」の歌劇を楽しんできました 

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このような立派でアイデアいっぱいの施設ができるのも古都奈良だからですね   
万葉文化館に長くいたために、もう夕暮れ時になってしまいました 
紅葉の頃にまたおとずれることにして明日香村をあとにしました

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2009年4月 1日 (水)

春日大社-春の奈良2

白豪寺の椿をあとに、近いということもあって春日大社にお参りをしていくことにしました 
車で奈良公園へ近づくにつれて観光客がどんどん増え、東大寺大仏殿の参道はもう人ごみでごったがえしていました

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白豪寺の静けさがうそのように人また人、奈良はやはり大人気の観光スポットです 
県営駐車場はどこも満車、心配しながら春日大社の駐車場に向かうとなんとか入場できました
駐車場から歩いて表参道に入ると、さっそく鹿さんたちがたくさん出迎えてくれました 
参道沿いにずっと石燈篭が並んでいるのですが、なぜか一匹ずつの鹿が灯篭の間から顔を出して鹿せんべいをくれとばかりに首を振っておじぎしているような仕草の可愛いこと

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手を清める手水所もよくある龍の口ではなく、大きな鹿像の口から水が流れているのも鹿を神の使いとする春日大社ならではの光景でした

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春日大社の神殿が見えてきました 
朱色の柱に白壁、あぁ小学校の修学旅行の時に来たことあるあると思い出しました 
南門から入り、幣殿からお参りをするのですが500円の参拝料をおさめると御本殿の特別参拝ができるとわかり、初穂料をおさめました 
明治の寺社統廃合のせいでしょか、とにかくたくさんの神社が鎮座していました
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中門から四柱となる神々を祀る国宝の四本殿にお参りしました 
三重県の伊勢神宮の神々しさとはまた別な荘厳な雰囲気を持つ大社でした 
回廊全体に3000基とも言われる燈篭がずらりと吊るされている様子は見事でした
巫女さんはそれぞれ額のところに藤の花の飾りものをつけていましたが、境内に「砂ずりの藤」という有名な藤があるからでしょうか

春日大社にお参りをすませ、奈良公園で昼食をとり、しばし散策 鷺池には貸しボートを漕いで楽しんでいる人がたくさんいました 
辛夷の大木が池のほとりにあり白い花をいっぱいつけていました

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春日大社の参道にもどると、参道沿いに「春日大社 神苑 万葉植物園」がありました 
今はまだ花も少ないだろうと思って、受付の方に聞くと椿、桜のほかにレンゲやかたくりの花が咲いているということでした 
「かたくりの花」は写真では見たことがあり、その可憐な姿を実際に見てカメラにおさめたい花だったのでさっそく入園しました 
広い園内に万葉集に歌われた木や草花が植えられており、その前には詠まれた歌が掲示されていました 
お目当てのれんげもかたくりもそれぞれ数本ずつしか咲いていませんでしたが、かたくりの花は写真と同じ可憐な花を開かせていました

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広い敷地内には私たちの他、1組の入場者がいただけで、奈良公園の賑わいとは別空間のような静けさでした 
カメラのシャッターをきりながらゆっくりと時間を過ごしました 
気がついたら時間は5時過ぎ、慌てて出口へ向かったら門がもう閉まっていて受付の方が待っていてくれました 

興福寺の五重の塔と夕日をとりたいと思いつつ、それは次回の奈良行に持ち越すことにして奈良をあとにしました 
次は若草山が緑の芝におおわれた頃に訪れようと思っています

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2009年3月23日 (月)

五色の椿-白毫寺・・・春の奈良1

赤い椿白い椿と落ちにけり  河東碧梧桐

「五色椿」で有名な奈良の白毫寺に行ってきました
なんていかにもよく知っているようですが、実はこの前 新薬師寺に行った際に案内板で初めて知ったお寺です 
調べてみたら、白毫寺の五色椿は東大寺の「糊こぼし」・伝香寺の「散り椿」とともに「奈良三名椿」の一つとして名高いということでぜひ観にいきたいと思っていたお寺です
新薬師寺から車1台通るのがやっとの狭い道を東向きに進んでいきました 
坂道を上っていくとちょうど白毫寺の入り口の前に駐車場があり、車をそこに停めました 
徒歩でさらに坂道を登ると、石段があり脇には椿がずっと植わっていました 

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石段を登っていくと古びれた山門があり、観光客が少ないこともあって閑静な佇まいでした 
やはり京都の人里離れた嵯峨野や大原の寺ともどこか違っています 
うまく表現できないのですが、京都の寺はどこか洗練されて上品な感じがするのです 
白毫寺などはそれと比べるといかにも山寺で歴史の重みのような雰囲気が漂っているのです
石段を登った受付で500円の拝観料をおさめて中に入っていきました 
すぐに本堂がありましたが、お参りはあとにしてまず五色椿のところへ 
りっぱな椿の木でしたが、紅、白、紅白混じった花が一本の木に咲き乱れていました 
本当に五色なのかは区別できませんが一本の木に色違いの花が渾然と咲いている様子は不思議な感じでした 

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樹下は苔むしていて、苔の上に落ちた色とりどりの椿もきれいでした 
奈良県指定の天然記念物だそうです
境内には五色椿のほかにもたくさんの椿が花をつけていて、まさに椿寺でした 

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椿を堪能して、ようやく本堂にお参りしました 
本堂には勢至・観音菩薩像が安置されていました 
本堂入口に「核兵器廃絶」の署名紙が置いてありここの住職の平和への願いも感じとれました
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本尊の「阿弥陀如来坐像」や椿ともう一つのお目当て「閻魔大王坐像」は本堂裏の宝蔵に安置されていました 
「閻魔大王坐像」は他の寺ではめったに見かけませんが、玉眼の鋭い目つきに口を開けた怒りの形相はさすがに迫力がありました 

白毫寺は高円山にある山寺で眼下に奈良の町が広がっておりよい眺めでした

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この日は訪れる人もまばらで落ち着いたいいお寺でした 
お寺を出て石段を降りていくとき

山寺の石の階(きざはし)おりくれば椿こぼれぬ右に左に  落合直文

の歌がふと浮かび、まさにここの地で作られたのではないかと思われるほどぴったりの歌でした
車を停めた駐車場は鉢植えの「椿」も販売していて、その店だけでもたくさんの種類の椿がありびっくりしました 
なんと日本に1300種ほどもあると聞きました 観ているうちに赤い花びらで中央が白くなっている花がとても気に入って購入しようとしたら、名前が「月光(がっこう)」だそうで、ええっすると日光もあるのかと思ってたら案の定ありました 
名前にも惹かれて「日光」「月光」併せて買ってしまいました
(左が「月光」、右が「日光」です)
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白毫寺をあとにして、近くの「春日大社」がこの日の二番めの目的地でした 
「春日大社」の話はまた次回

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2009年3月11日 (水)

東大寺のお水取り

東大寺の二月堂で行われている「お水取り」を観に行ってきました
この時期になると、「東大寺のお水取り」は春を呼ぶ風物詩として新聞やテレビなどで必ずといっていいほど報道される有名な行事です 
以前から行ってみたいなぁ、でも人も車もいっぱいで駐車もままならないだろうと諦めていました 
そんな時、旅行のチラシを見ていたら「日帰りの旅 月ヶ瀬の梅林と東大寺のお水取り」の企画を見つけて、これだ!とばかりに申し込みました

さて当日、ゆっくりめの集合時間に合わせて家を出てバスに乗車 
人気のある企画なので満席でした 
まずは最初の目的地「月ヶ瀬」へ 
月ヶ瀬に近づいてきたら道の両脇がもう梅ノ木だらけ、さすが1万本の梅の里と言われるだけのことはありました
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月ヶ瀬に着いて、自由散策時間が2時間ほどあり、ゆっくりと梅を楽しめるゆとりある時間設定でのんびりやの私にはぴったりでした 
坂道には土産物の店屋さんが何軒もあり、名産の大和茶や梅の加工品、盆梅などを眺めたり、試食したりしながら上っていきました 
道沿いや民家の庭にも梅が白、ピンク、紅、黄と色とりどりに咲き目を楽しませてくれました 
「展望台」に行くと高台から山なみや五月川が見え、斜面に梅林が広がり霞のようになっていました 
その上に「月ヶ瀬梅の発祥の地 真福寺」があり、ここでカメラのシャッターをたくさんきりました
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1ヶ所に集中して咲いているというより、月ヶ瀬一帯が梅の里という感じでした
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梅の甘い香り漂う「月ヶ瀬」をあとにして、本命の「東大寺」へ向かいました 

夕飯をとる店の駐車場にバスを停めて、案内の方に付いてそこから「二月堂」への行きかたを確認しました 
東大寺の南大門をくぐらずに裏手から直接「二月堂」へ行く道でした 
このお水取りの時期だから無料入場させているのか、この裏手から行くと拝観料も納めないのでちょっとびっくり 
お水取りの観客のためか二月堂の舞台の下や登り階段のところは竹垣が張りめぐらせてありました
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舞台の下は4時半というのにもう場所取りをしている人がいました
案内の方の話によると「始まる(夜7時)頃は広場のほうまで人で埋まるよ」とのことで近くで観るのは難しいだろうなぁと少し不安になりました
始まる前に二月堂でお参りをすませ、夜 松明が通る舞台から大仏殿や奈良の町を見下ろしました
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階段脇には夜には火が点けられる巨大松明が並べてあり、期待感がふくらみました 
一度店に戻って夕飯をいただきました 
5時半、大仏様を拝みに行っていたら場所がとれないと思ってさっそく二月堂に戻りました 
ラッキーなことにまだ舞台下の芝生の一角が空いていて新聞紙を敷いて場所取りをしました
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長い待ち時間でしたが、隣の方が岩手県からみえたという方で「一度は拝見したかったから」などという話をしているうちに時間がせまってきました 
観客はずっと後方の広場の奥まで埋め尽くされていました

「お水取り」で全国的に知られるこの行事は「修二会(しゅにえ)」といい、さらに正式には「十一面悔過(けか)法」と呼ばれるものです 
選ばれた十一人の練行衆がすべての人々の罪障を代わって懺悔し、人々の幸福を観音様に願う行を行うものです 
東大寺の高僧、実忠が752年に始めたもので、それ以来一度も欠くことなく行われ今年は千二百五十八回目にあたるのだそうです 
前行からはじまり本行まで20日以上かかる行事で、クライマックスである3月12日夜半に二月堂横の若狭井から香水を汲み観音様にお供えすることから「お水取り」という愛称で親しまれています

さあ午後7時、周りの灯りが一斉に消えました 
一瞬緊張が走ります 
北の階段に火を点けた松明が上がっていくのが見えます 
「おおっ」という喚声が観客から起きます 
そして一本目の巨大な松明が二月堂の舞台の欄干に外向きに置かれます 
燃えたぎる火の粉が飛び散ります 欄干にそって松明がぐるぐる回されながら移動していきます 火の粉が爆ぜながら動く様子は神秘的というか荘厳な感じでした
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それが十本目の松明まで次々と続いていきました 
「お水取り」の写真は長い時間露出時間をとって火の粉が光の筋になっているものをよく見ましたから、私はてっきり松明を持った僧が廊下を走りまわるものだとばかり思っていましたが全く違った松明の使い方でした 

これが「東大寺のお水取り」なんだぁと心にくっきり刻んでおきました

最近、どうも京都よりも奈良の奥深さにはまっている私です

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2009年2月23日 (月)

新薬師寺

「ベンジャミン・バトン」の映画と「初雪」について書いてしまったので、「新薬師寺」行のブログ遅れてしまいました 

さて室生寺の静かな佇まいと十二神将を堪能して、次は新薬師寺に向かいました 
「新薬師寺」は「薬師寺」と比べると知名度もやや低く、私も名前は知っていましたがそれほど興味のある寺ではありませんでした 
ところが昨年の10月頃だったでしょうか、新薬師寺の当時の金堂跡が見つかりました 
それが東大寺に匹敵するほどの規模であったというので、新聞で大々的に報道されました その時に新薬師寺に日本最古最大の十二神将が祀られているということを知りました 
十二神将が好きな私は、その時から一度訪ねてみようと思っていました

室生寺からもう一度同じ道を針インターまで戻り、また西名阪国道にのって天理インターまで行きました 
今度は「奥へ奥へ」ではなく、平城京の「中心へ中心へ」です
案内板にしたがって進んでいくと道は細くなる一方、とても対抗できないような道を抜けて駐車場に着きました 
拝観料600円をおさめて重文の南門をくぐり中に入りました

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建立当時は南都十大寺の一つに数えられ、七堂伽藍が並んで僧1千人という規模を誇っていたそうですが、今は本当に小さな境内となっていました 
「新薬師寺」の「新」は新しいという意味ではなく「霊験あらたかな」という意味だそうで、歴史的にも奈良時代建立の古い寺です
本堂に入るとご本尊の「薬師如来坐像」を中央に十二神将がぐるりと外向きに囲んで安置されていました 
「薬師如来坐像」は2m近い大きさでしたが一木造だそうです 
眼が大きく切れ長で印象的でした 
お目当ての十二神将(←クリックしてみてくださいね)は最古最大というだけあって、等身大の姿に怒りを、顔はもちろんのこと全身で表現している姿は迫力があるというより畏怖の感さえありました 
木製ではなく土で造られた塑像だからでしょうか、重量感もたっぷりでした 
ここは十二神将が円陣に置かれているため、後姿も眺めることができました 
私はその後姿の逞しい肉感にとても魅かれました 
当然ながら撮影禁止なのですが、後姿から撮ってみたいという気持ちが抑えられないほどでした 
十二神将の中でも「伐折羅(バサラ)」像は特に有名で、500円切手にも使用されていますし「新薬師寺」のパンフの表紙も「伐折羅(バサラ)」の写真でした
お堂の片隅にテレビが置いてあり、十二神将の造立当時の彩色を甦らせる研究の様子をビデオで放映していました 
思わず引きこまれて見ていました 
わずかに残った模様や色から現代の技術を駆使して再現しようとする研究でした 
そして甦った「伐折羅(バサラ)」の当時の彩色を施した像は(もちろん、CGですが)なんとも極彩色のおどろおどろしい「伐折羅(バサラ)」でした 
息を呑むような姿でした 
昔の人がこの像を前にしたらまさにひれ伏すであろうさえ思えました 
室生寺の小ぶりながらも躍動感あふれた十二神将、新薬師寺の威厳と迫力に満ちた最古最大の十二神将、私はますます十二神将が大好きになりました

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新薬師寺を出ると、「五色椿 白豪寺」の案内がありました 受付の方に尋ねると3月下旬頃からが見頃だそうです 
「閻魔様もおいでになりますよ」との話でした 
奈良はまだまだ見所いっぱいのようです 
さすが奥が深いですね 
今度は春の奈良をぜひ訪れようと思っています

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2009年2月11日 (水)

室生寺 晩冬の奈良へ・・・

そろそろ春の足音が聴こえてきそうでどこかへでかけたいなぁという気分でした 
そんな時インターネットでJR東海のホームページを覗いていたら
「ニッポンの 奥へ、奥へと、 室生寺へと。」というポスターが目にとびこんできました 
そのポスターには躍動感溢れる十二神将の像が映っていました 
その十二神将があまりに魅力的だったので、室生寺に行こうと決めました 
室生寺は石楠花の寺として有名で、小さい頃、石楠花の季節に両親に連れて行ってもらった記憶があります  

西名阪国道にのって針インターまで行きました 
途中、「道の駅 伊賀」で一休み
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いつも立ち寄る花屋さんには綺麗な寄せ植えや鉢植えの梅が花を開かせていて、ここにはもう春がいっぱいでした 

針インターを南に下り山なみの中をどんどんと進んでいきました 
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なるほど「奥へ奥へと」とはこのことかとJR東海のポスターの言葉遣いのうまさに感心室生寺は明日香村よりもさらに山奥にあり、建立当時はまさに山全域に聖域としての役割があったのだろうと思われました
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清流の室生川にかかった朱塗りのたいこ橋を渡るとそこはもう室生寺の境内でした 
入口で拝観料600円を納めて中に入りました
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仁王門はまだ新しい朱塗りで両側の仁王像も青、赤色があざやかでした
昭和40年の再建だそうです 
幅広い鎧坂を登ると国宝 金堂が見えてきました
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金堂内は今の時期、特別拝観で公開ということでした 
JR東海のキャンペーンはそのためだったのかとわかりました 
金堂内に入ると、ありました!「十二神将」 
JRのポスターの魅力そのままの姿でした 
ただ想像していたよりもずっと小ぶりでした 
でも小ぶりながら表情には迫力があり、それぞれが個性的な躍動感を放っていました 
運慶作と伝えられており、成程と納得しました 
十二神将たちがお守りしている御本尊 釈迦如来立像も立派なものでした 
量感あふれる像ですが一木彫成像だそうです 
お顔や胸部は漆で黒くなっており、衣の朱色とはやや違和感がありました 
御本尊を中心に薬師如来、地蔵菩薩、文殊菩薩などが安置されていましたが、その中では十一面観音菩薩像はふくよかでほりも深く女性的な優しさが漂っていてとても魅かれました 
金堂を出て石段を登ると、これも国宝の「灌頂堂」がありました 
現在、屋根を修復中で工事の足場が組まれていて外観を損ねていて残念でした 
灌頂堂左の石段をさらに上がると室生寺のシンボル「五重塔」が姿をあらわしました 
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高さが16m程しかなく、室生寺で最古の建物であり、五重塔としては日本で最も小さいものです 
室生寺は女性の入山を許した寺で「女人 高野」とも呼ばれますが、小ぶりな十二神将といい最小の五重塔といい女性に開かれた寺との関係があるのでしょうか
ここから先は「奥の院」と呼ばれており、さらに石段を三百九十段ほども登っていったところにありましたT__134
T__140 T__148 T__159 T__167 T__171 ここには御影堂あり、弘法大師の木像が安置されているそうですが、公開されていませんでした 
T__182 T__184 ここまで上ったのだからさぞかし眺めがいいだろうと思っていたら、木立に遮られて見晴らしのいい場所がなかったのも惜しかったです

室生寺の拝観が思ったよりも早くすみ時間にゆとりがあったので、小ぶりの十二神将を見たのだから反対に大きい十二神将を見ようと「新薬師寺」まで足を延ばすことにしました

「新薬師寺」のお話は次回に

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2008年11月30日 (日)

中宮寺-晩秋の奈良2

ひょんな思いつきで訪れた法隆寺は世界遺産にふさわしい歴史の寺でした
「西院伽藍」を見終えて、鏡池の前を通って大宝蔵院に向かいました
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大宝蔵院の建物は平成10年に落成した新しいものですが、中に納められている宝物は博物館なみの所蔵量と歴史的に貴重なものばかりでした 
あまりに有名な「玉虫厨子」はずっしりとした重量感がありました 
金具に透かして見えるように置かれた玉虫の羽根はいまだに光輝いていました 
いちばん中央に安置されていた「百済観音立像」は八頭身のすらりとしたスマートな像でお顔があまりはっきりとうかがえないのが残念でした 
金堂の内陣壁画であった「飛天図(天人が空を飛ぶ図)」もたいへん貴重なものだそうです
たくさんの宝物に感心しながら大宝蔵院を出て、今度は東に向かいました 
東大門をくぐると、ここが小学生のときの思い出に残っていた古い土塀の通りでした 
他の史跡の記憶はとんでしまっているのに、なぜこの土塀の通りが記憶に残ったのか不思議です 
小学生に法隆寺は難しすぎたのでしょうね
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しばらく土塀の続く道を歩くと「夢殿」に到着しました 
「夢殿」は法隆寺を建立した聖徳太子の遺徳を偲んで、行信僧都が建てた上宮王院という伽藍の中心をなす建物です 
八角円堂の建物で中に「救世観音像」が祀られていました

 

22 17 「夢殿」を出ると、立て札があり「中宮寺」の方向がしめされていました 
「中宮寺」???どこかで聞いた名前の寺だと思っていたら、朝霧圭太さんが書いてくれたコメントでどちらの弥勒菩薩がいいかと友人と論争した広隆寺ともう一つの寺の名前が「中宮寺」だと思い出しました 
広隆寺のあの弥勒菩薩と美しさを競う菩薩があるのならこれは行かなくてはと、もう少し東に足を伸ばしました

東隣がもう「中宮寺」でした 
ただ案内には「本尊 如意輪観世音菩薩半跏像」「天寿国曼荼羅繍帳」と掲示されており、ここではなかったのかしらと頭をひねりながら拝観料500円をおさめて入っていきました 中宮寺は聖徳太子の母の発願により創建された寺だそうです 
寺運は衰退して長きにわたったそうですが、今の本堂は高松宮妃殿下の御発願により昭和43年に再建されたものだそうです
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本堂内に入り、ご本尊の「如意輪観世音菩薩」の半跏思惟像に対面しました 
思わず息を呑む美しさでした 黒光りしているなめらかな曲線、なにかもの思いにひたっているようでいて周りを包みこむような優しい微笑みをうかべている
広隆寺の「弥勒菩薩」と較べると少しふくよかな感じがしました 
しばらく慈悲に包まれた空間でうっとりと見とれていました 
お寺の説明で美術史上では「弥勒菩薩」として扱われているようでした 
エジプトのスフィンクス、ダ・ヴィンチのモナリザと並んで「世界の三つの微笑像」の一つだそうです 
法隆寺に来て、この菩薩像に出会えるとは圭太さんに感謝です

柿を食べたものだから法隆寺と、なんともきっかけの単純な今回の小旅行でしたが、本当にやってきた甲斐が充分の時間を過ごすことができました

時間に少し余裕があったので、南下して万葉のふるさと「明日香」をひとまわりしてきました
夕暮れ時の「石舞台」、大和三山を眺めながら帰途につきました
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柿 く へ ば 鐘 が な る な り 法 隆 寺


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2008年11月26日 (水)

法隆寺-晩秋の奈良1

先週、寒気団が日本列島を覆い一気に寒くなりました 
この前訪ねた白川郷は雪が降り、雪景色の写真が新聞に載っていました 
合掌造りの屋根に雪が積もり、とても素敵な雪の白川郷でした
とうとう私の苦手な寒い冬の足音が聞こえてきました
先日、岐阜の友人から岐阜名産の「富有柿」が届きました 
よく熟している柿を選んでいただきました 
ふと「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」-有名な正岡子規の句が思い浮かびました 
「法隆寺か、それもいいかも!」、安易な私(笑)は3連休の一日を奈良の法隆寺行きにあてることに決めました
奈良も時々訪れる地なのですが、「法隆寺」は小学校の修学旅行以来訪れたことがありません 
だから思い出もあいまいで古い土壁が続いていたことや八角形の「夢殿」を見学したことぐらいしか覚えていません 
それ以来、あまりに有名すぎて敬遠してきたように思います

奈良行きは西名阪国道(無料で経済的)を利用します
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所々、まだ紅葉が盛りで色づいた山の風景を楽しみながら車を走らせました 
途中、まず「道の駅 伊賀」で一休み(最近、「道の駅」がそれぞれの特色を持ち、立ち寄るのが楽しみの一つになりました)
この伊賀の道の駅は可愛らしい寄せ植えの鉢が並べられていて、必ず一通り眺めていきますOki  
次は「道の駅 高峰山」で一休み
ここでは駐車場から眼下に奈良の街が望めます
この「道の駅」を過ぎると、長い下り坂が続いており、奈良が盆地にあることがよくわかります 
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この日は下り坂の途中、対向車線の上り側で7,8台の車が追突事故を起こしていて5kmほどの大渋滞になっていました
法隆寺ICで降りて、北へと進んでいくと松の木の参道があり法隆寺の前の駐車場に車を停めました 
紅葉の名所でもないのですが、車がけっこうたくさん停めてありました
駐車場から歩いてすぐに、法隆寺の総門―南大門が見えてきました 
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案内板に「国宝 南大門」とありました 
室町時代のものですが、最初の門からもう国宝かと歴史の重みを感じました 
南大門をくぐって進んでいくと中門があり、両側に迫力のある金剛力士像が置かれていました
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中には有名な五重塔や金堂が姿を見せていました 
1,000円の拝観料を納めて中に入りました 
「西院伽藍」の建造物は飛鳥時代に建てられたものがほとんどです 
1400年程前にタイムスリップしたような気持ちになりました
五重塔は頑丈で武骨な感じでした 
もちろん日本最古のもので最下層の内陣四隅には釈尊の入滅や弥勒菩薩の説法などの場面が具現されていました
T__122_3 T__127 五重塔の西隣にある金堂は現在修復中で中には入れませんでした
北側に進むと大講堂があり、ご本尊の「薬師三尊像」が祀られていました 
さらにその北にあるのが上御堂で、ここに修復中で入れなかった金堂のご本尊「金銅釈迦三尊像」「金銅薬師如来坐像」が安置されていましたT__130  
T__133 「金銅釈迦三尊像」は昔、社会か美術の教科書に載っていたのか「見たことがある、ある」という感じでした 顔立ちが細長く、なんともいえない微笑(アルカイックスマイル?)を浮かべていました 素朴でとてもいいお顔でした
奈良の史跡を訪ねると素朴でずしんとくる歴史の重みを感じますが、それと較べると京都の史跡はどこか洗練された美しさを持っているように思います 
それはちょうど「万葉集」が素朴で力強い調子を持つのに対して「古今和歌集」が優美な歌が多いという違いとよく似ているように感じるのですが、これは私の全くのひとりよがりで専門家からは笑われそうな考えでしょうね
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「西院伽藍」を見て廻っただけで古の文化にどっぷりつかった感を覚えましたが、次の「大宝蔵院」は歴史的な宝の山でした

「大宝蔵院」、「夢殿」そして全く偶然に会うことのできた中宮寺の「如意輪観世音菩薩」の半跏思惟像についてはまた次回に回します T__207

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2008年3月10日 (月)

大和の国の薬師寺の・・・

天気予報で「明日から春らしく暖かくなります」の予報を聞いて、心がウキウキしてきました。

さて、どこへ行こうか、そんな行き先を考える時が一番楽しい時です。


「早春の~」と考えて、う~んやっぱり大和路。

「早春の大和路」そのことばのひびきに大和の国、奈良に行こうと決めました。

東大寺は今二月堂で、あの有名な「お水取り」が行われている時期で、混雑しているだろうと思い、今回は薬師寺に行くことにしました。


薬師寺といえば、こんな歌があります。

 


ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔のうへなるひとひらの雲 (佐佐木信綱)

 


カメラがだんだんとズームアップしていくようなうまい表現の短歌です。

でも、季節が合わないので

 


早春の大和の国の薬師寺の塔のうへなるひとひらの雲

 


といったところでしょうか(笑

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さて、奈良に向って出発しましたが、天気予報とは違いまだ少し肌寒い朝でした。

奈良まで車を走らせる途中の山々も、まだ本格的な春を感じさせてくれるような色合いではありませんでした。

でも、何て言ったらいいのか・・冬の山とは違い、春の芽吹きを待って白く霞んだような色合いでした。


そして、目的地の薬師寺に到着。

受付で拝観料500円を納めて入ろうとしたら、受付の人が「すみませんが、日光菩薩、月光菩薩は、東京国立博物館に展示のため貸し出されていて見られませんがいいでしょうか?」と申し訳なさそうにおっしゃいました。

「ええ~せっかく薬師寺に来たのに日光菩薩、月光菩薩が見られないの?」とがっかりしましたが、気を取り直して薬師寺に入って行きました。

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まず、中門では東大寺と同じように左右に仁王像が迎えてくれました。

東大寺の仁王像と違うところは、像に施されていた色がまだしっかりと残っていて、また違った印象の仁王像でした。

 

門をくぐると東西に三重の塔、目の前に金堂が配置されていて、まずその配置の綺麗さに驚きました。

別名「白鳳伽藍」と呼ばれているそうで、とても魅力的でした。

薬師寺はとても歴史のある寺で、天武天皇が最愛の妻の病気治癒を祈願し、藤原京において建立を発願されその後、女性天皇で有名な持統天皇が薬師寺を完成させました。

 

平城京の遷都によって今の場所に移動されたそうです。

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長い歴史の中で戦火によりほとんどを焼失しており、東の三重の塔だけが戦火をまぬがれポツンと建っていたそうです。

それでも薬師寺復興の願いは強く、昭和51年に金堂が再建、56年に西塔、そして平成15年に念願の大講堂が再建されました。


東塔は唯一昔のままの姿を留めている塔で、さすがに長い歴史を感じさせる塔でした。

東塔は一見すると六重に見えますが、各層に裳階(もこし)といわれる小さい屋根があるためで、この大小の屋根の重なりがより美しさを増し「凍れる音楽」という愛称で親しまれているそうです。

東塔の一階の扉が開けられており、そこには釈尊が修行をつんでいる時の像が祀られていました。

そして再建された方の西塔は忠実に再建されたものですが、さすがに歴史が新しいだけに色鮮やかに建っていました。

西塔の一階には悟りを開いた後の、如来となった釈尊が祀られていました。


金堂も再建されたものなので、色鮮やかで荘厳な感じを受けました。

しかし、残念ながら受付で言われたように日光、月光菩薩は祀られていず、何と中心に祀られている薬師如来像もこれから移動するのか、厚い布で覆われていました。

幸い大講堂の方の弥勒三尊像は祀られたままで、拝んでくることができました。


大講堂の裏出口を出ると、小さな梅林がありここでも梅の花を楽しむことができました。


薬師寺は小学校の修学旅行で訪れて以来ですが、その時はこんなに魅力のあるお寺だったとは思いませんでした(小学生にお寺の魅力を感じるのは無理ですよね)

薬師寺見学の後、前回、正倉院展のために長蛇の列で入館をあきらめた奈良国立博物館へ向いましたが・・・

博物館のことは、またの機会にということで^^

 

あ、そうそう。

朝のうち肌寒かった天気も昼ごろにはぐんぐん暖かくなり、春らしいいい陽気の中で楽しい一日を過ごせました。


帰り道、春霞の山に沈んでいく夕日が本当に綺麗でした。

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2007年11月 7日 (水)

奈良の都の・・・

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朝晩は、ずい分冷え込んできました。
秋も、もう晩秋ですね。
この前は秋の深まりを求めて馬籠へ行きましたが、今回は、古都奈良を訪れてみました。
奈良もわりと気軽に行ける距離なので、少しゆっくりと出発しましたが、それが間違いでした。
お目当ての奈良公園に近づくにつれて、渋滞に巻き込まれてしまいました。
そこで、東大寺に一番近い駐車場はあきらめて、少し離れた駐車場に車を止めて、奈良公園をぶらぶらと歩いていきました
車の混雑は予想していましたが、予想以上の大混雑でした。
奈良公園を歩いていてその理由がわかりました。
奈良国立博物館で『正倉院展』が開催中だったのです。『正倉院展』の開催は知らずに行ったので、「やったぁ~!ラッキー」と思ったのもつかの間、博物館前には、長蛇の列ができていました。
そこで、奈良のシンボル、大仏さんのいらっしゃる東大寺に行くことにしました。
有名な大仏様を拝むのも5年ぶりくらいになります。
東大寺への道を進んで行くとまず、大きな南大門が迎えてくれました。
南大門を抜けると、鹿たちがたくさんいました。
これも、東大寺ならではの風景です。
鹿センベイを手におっかなびっくりあげている子ども達に思わず笑顔。

そして、大仏さんの鎮座する大仏殿が見えてきました。
さすがに大きな建物でした。拝観料500円を納めて中に入りました。
5年ぶりとはいえ、やはり大仏さんは大きく、何とも言えない微笑に感激しました。
富士山を何度見ても、その大きさに感動するのと同じように、大仏さんを何度見ても、その荘厳さに感動してしまいます。
つい、大仏さんと呼んでしまいますが、正しくは、毘盧遮那仏(びるしゃな ぶつ)と言い、その意味は、知恵と慈悲の光明を遍く照らし出されているほとけということだそうです。聖武天皇の発願で745年(天平17年)に制作が開始 され、開眼供養会(かいげんくようえ 魂入れの儀式)が行われたのは752年(天平勝宝4年)4月9日だそうです。
像高 14.98メートル 顔長 5.33メートルです。
大仏さんの鼻の穴の大きさにくりぬかれた柱は、相変わらず子ども達に大人気で、そこをくぐり抜けようと、子ども達の行列ができていました。

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大仏殿を出て、裏手にある正倉院に向かいました。
その道は大仏殿への参道とは違い、人通りも少なく閑静なところでした。
正倉院に着くと、もちろん中には入れませんでしたので、高床式で、校倉造の外構を見てきました。

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それから、道を戻り、東にある二月堂へ向かいました。

二月堂に向かう道には壁土に瓦が埋め込まれた、いかにも奈良らしい趣のある塀が続いていました。
塀の内側には、実をたわわにつけた石榴の木があり、これもその道にとても似つかわしい風景となっていました。
二月堂は春を告げるお水取りで有名です。お水取りと呼ばれている行事は正式には、修二会というそうです。春を告げる風景として、僧達が、松明を振りかざして、堂内を走り回る姿がよくテレビで映し出されていますね。
二月堂は高台にあるので、二月堂から東大寺の屋根や奈良の街並みが見渡せて、晩秋のとてもよい風景でした。
二月堂のすぐ近くに、法華堂(三月堂)と四月堂がありました。
法華堂(三月堂)も国宝級の貴重な像がいくつか納められているのですが、今回は、拝観はしませんでした。

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駐車場への帰り道、博物館が空いているのを期待しながら歩いて行きましたが、夕方になってもまだ、長蛇の列で迷いに迷いましたが、見学はあきらめることにしました。
5時過ぎには、西の空が美しい夕焼けに染まり、今回は東大寺の拝観だけで、帰路につきました。

さて、小旅行で、帰りにはご当地のお土産を買って帰るのですが、奈良って土産物に関しては、「これだ!」というものを私は知りません。

奈良漬、葛餅などに目が行きましたが、結局今回は、お土産はなし、の小旅行となりました。
帰る途中、『正倉院展』へ少々並んででも見学してくればよかったかな?とそれだけが心残りの奈良行でした。
京都も大好きですが、さらに古い歴史を持つ奈良もステキでした。


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ハートのおしりが、かわいい



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